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「シン・エヴァ」は前代未聞のプロマネ術か?(5)「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」をPMP目線で読んでみた

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この記事ではPMBOK6版のプロセスと比較しています。PMBOK7版で学習されている方はPMIから出版されている「Process Groups: A Practice Guide」を合わせてご覧ください。

本書から読み取れるプロマネ術として前代未聞なのは、

・プロジェクトメンバ全員が同じゴールを共有して
・庵野氏を中心としたコミュニケーション手法を確立した
・また、そういうプロジェクト環境を整えられたということ

だと思います。

何故そういう環境がそろったのか、同じような環境はもう作れないんじゃないかということも含めてPMBOKでいう教訓登録簿・教訓リポジトリに残しておきたいものです。


ここまで「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」をプロジェクトマネジメント視点で見てきました。今回は、締めくくりとしてステークホルダーによる内部評価・外部評価を見てみます。
5回に渡って紹介してきましたが、最後に「前代未聞のプロマネ術」が何なのかを振り返ってみます。

関係者による振り返り

外部評価

本書の外部評価は、株式会社カラーに所属していないけれども、株式会社カラーやシン・エヴァ・プロジェクトにゆかりのある人物による評価になっています。
プロジェクトの振り返りというよりも、プロダクトであるシン・エヴァに対して、それぞれの立ち位置(社外取締役や特撮監督、プロデューサーなど)で
どう捉えているかということや、庵野氏の人物評が中心になっており、プロジェクトとしての振り返り要素はそれほどありません。

内部評価

本書の内部評価は、株式会社カラー社内の人物による振り返りです。内部評価メンバの多くが経営側として会社の意思決定を担う人たちでした。
内部評価を見ても、やはりプロジェクト目標として挙げられているのは「新劇場版の完結」と「興行収入100億円」が主軸に見えます。

やはりプロジェクトの目的の中に、庵野氏が納得するエヴァンゲリオンを作って完結させることが含まれることは確実のようです。これは、とても私的なプロジェクトのようにも見えますが、表現者・発信者としての自己実現を作品として表現し評価(対価)を得ることを自分で興した組織でシステマチックに実行したということかもしれません。

轟木氏は、庵野氏が「自分が作りたいと思うことを変えてでも、より多くの人に受け入れられるものを作りたいと望んでいたのではないか」と言っています。庵野氏と仕事をしたくて参加したメンバが多い中、庵野氏の考える庵野純度の高いエヴァンゲリオンを作るのか、それとも敢えて意見や対案をぶつけるのか、バランス調整が難しいプロジェクトだったプロジェクトを進めるうえで難しかったところかもしれません。

人の使い方・仕事の任せ方

本書の内部評価によると鶴巻氏は「上手い人にこそ修正を入れた方がいい」と考えているようです。
工程の初期段階で上手い人に的確な指示を出すと最終的に良いものができる。上手い人には、つい「お任せします」となりがちであるが、しっかりと意思疎通をして指示を出す方がよいとのこと。

誰に何を任せるか、どんな指示を出して、どんなタイミングでどんなコミュニケーションをとるかは一般的なプロジェクトでもまったく同じですね。
なかなかきめ細かいコミュニケーションを使い分けられるプロマネはいません。前代未聞とまではいきませんが、高度なプロマネ術と言えますね。

また、安野氏が言うには、庵野氏は相手の能力を予断・限定しないで仕事を振るやり方をしているととのことです。この点が庵野氏のクリエイターとしての一番すごいところだとのこと。
相手の能力を100%信じて最大限引き出そうとする。クリエイターならではでかもしれませんが、ITプロジェクトでそこまで相手を信じることができるでしょうか。
このあたりは、プロマネ術というよりもプロマネの人間性などのコンピテンシーの領域になるかもしれません。PMIが出している「Project Manager Competency Development Framework」などが参考になります。

株式会社カラーのお財布事情

本書によると、株式会社カラーはアニメーションなどの映像制作以外に不動産投資を事業としてやっているそうです。この投資が好調なのと過去のエヴァンゲリオンを筆頭とする知的財産の商品化・二次利用などで収入を得てシン・エヴァの制作費を借入金なしの自己資金のみで用意したということです。
自社プロジェクトでかつ社外にスポンサーがいない状況というのは、とても羨ましいし特殊・特異な環境でもあります。
こんな環境を用意できるとしたら、ある意味これも前代未聞のプロマネ術かもしれません。

前代未聞のプロマネ術か?

プロジェクト成功に良い影響を及ぼしたもの

・新劇場版の完結というゴールをプロジェクトメンバが共有していたこと
・プロジェクトに最適化されたコミュニケーションスタイルの確立
・庵野氏のカリスマ?

ゴールの共有

本書からは、新劇場版の完結というゴールに対して、プロジェクト参加メンバ全員が同じゴールを見て仕事ができたように読み取れる。
さまざまな制約などがあって各メンバがやりたかったことのすべてを作品に反映できたわけではないと思うが、庵野氏を中心とする意思決定を全員が納得して実行できたのでしょう。

コミュニケーションスタイルの確立

プロジェクトメンバが必ずしも庵野氏のいいなりではなくそれぞれが主張をし適切に意見交換をできる環境がソフト面・ハード面・人間関係においても整っていました。
また総監督・監督ら発注側のディレクションや要望とスタッフ側の意見・提案が適切に交換できるコミュニケーションスタイルが確立していました。

カリスマは必要か?

庵野氏のようなある意味カリスマ的な人物がけん引するようなプロジェクトでないとうまくいかないのでしょうか?
必ずしもそうではありませんね。
求心力のある人物がキーマンになる状況がベターで、PMIが提唱するタレントトライアングルではパワースキルに相当する領域にさまざまな人間力が紹介されています。

所感

以前「SHIROBAKO」というアニメーションを妻が視聴していたのを見て、プロジェクトマネジメントのケーススタディとして勉強会に使えそうだと思ったことがあります。
本書「プロジェクト・シン・エヴァンゲリオン」では、まだまだプロジェクトマネジメントの知識や手法がそれほど活かされていないのではないかと感じるものの、特殊な環境下でさまざまな工夫がなされていることがわかります。
シン・エヴァが特殊なプロジェクトだとしても、そこで取り入れられた数々の工夫はから得られるヒントが多いと思います。


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