月にいるライカ、生きているものは宇宙の子ども

「うらむ」ということばをつかった歌をいくつか書いた。
あまり人を怨んだことはない。
そこまでの元気がいつもない。多分産まれたときからない。

誰かを嫌いになれることは善いことだと思った。そりゃあ好きになるほうが良いとは思うけど。どちらもできないなら、せめて、どちらかは、とも思う。
水が流れるみたいにしか、人を好きにならないし、嫌いにもならない。それがたまに悲しくて恥ずかしい。

怨むとか愛すとか、それは今人間のからだをもって呼吸をしている自分とは別のところで書いているという気がいつもしている。


西方にいる大好きな友だちが久しぶりに関東に帰ってきて、本を作ったと言ったら読みたいと言ってくれたので、彼女の家に『ジャッカロープ』の本を送った。創作活動をしていない友だちに自分のまとまった詩歌を読んでもらうのはほとんど初めてだ。


水族館に行ったらはばたくように泳ぐ"ゾウギンザメ"というのがいて、すごく良かった。

この子です

水族館は未来よりもどうしても過去につながっていて、子どもの頃に青い背表紙の魚のずかんを持っていたこと、貝殻の詰め合わせをもらってうれしかったこと、そういうことを思い出せる。


ひとのなかのわたしがすべてかさなったときに産まれる完ぺきな怪獣
/湯島はじめ


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