「花の名前は?」
なんだかむずむずするんだ。ん〜むずむずする体も心も。
それは突然のことだった。僕の目の前の景色がぶちぶちぶち、と可愛くない音と共に揺れ崩れ、眩暈まで。そして次の瞬間、ぶわっと、散った。
周りのみんなもあっけにとられた表情をしている。もうどこへ行ったのか分からない奴もいる。怖かった。震えた。僕がいた場所があんなに小さく。寂しった、戻りたいと思う自分に情けなくもなった。でも、体が透けてしまいそうなほど眩しい光が見えたから。何かわからないけど、それをつかまえる事が僕のやるべきことなんだとそんな気がした。だから僕はみんなにお別れを言った。またね、じゃあね、元気で。僕頑張るから。
光はだんだんと遠くになる。掴むことはできなかった。でも諦めきれない。また絶対掴むチャンスがあると思うから。
僕は湿った土の上にそっと降りた。初めての場所、何から何まで僕の知らないものばかり、勝手に怯えて、勝手に泣いた。強くなったと思ったのに。
ある日、土の匂いが薄くなっているのに気づく。僕の背は伸びていた。どんどんとデカくなっていく自分に驚いた。何もしなくても僕は僕に関係なく成長して、止まれと言っても止まりはしない。なんだ何もしなくてもいいんじゃないか。気持ちが少し楽になる。ただ僕の心になにかが上書きされたような気がした。あるいは弱い所に頑丈な盾をたてかけたような。守るために忘れた?なんとなくもう思い出すことは無いんだろうなと分かっていたけど、何かに収めないといけないと思ったから、だから無理やりそれを強さだと決めつけた。
僕はなんとなく永遠なんてないのかもしれないと気づいてから、諦めることも増えた。それは全て自分のために諦めたこと、できなかったことはあまり考えたく無い、その代わり今は大きくなる自分が楽しくて嬉しくて気持ちがよかった。
空が近くなっていく。今まで見えなかった花や木が見えるようになった。僕の上で一休みする小さい虫とたまにおしゃべりをした。毎日毎日ただ僕は上をむいていた。昔のことを思い出すこともあった。狭くて、うるさくて、あれ?
同じ匂いがする。僕は長いこと何もしなさすぎたのかもしれない。遠くになんか行きたいなんてこれっぽっちも思わない。今のままでいい。でもなんでだろう。同じ匂いが、ねえ?
ぶちぶちぶち…ぶわ____え?
僕の記憶が思い出が、一人になって初めて見た空の色、風の匂い、土の冷たさ、太陽の暖かさ、虫が僕の体を這い上がるむず痒さ。全部遠くに消えていく。あれ?目の前が真っ暗だ。あれ?僕はどうなるの?あれ?行かないで、無くならないで、僕のものなのになんで?これで終わっちゃうの?寂しい。なくなるなら先に言ってよ。僕にだって準備が必要なんだ。なんだか腹が立ってきた。だって僕の記憶は僕のものだ、明日だって僕のものだ。それを勝手に、誰だよ、僕の 命を 奪っていくのは。
なんでまた光を見せてくれなかったんだよ。
小さな種は風に乗って遠くに遠くに流れていった。また沢山の黄色い花を咲かせるために。
「おーい」
「だれ?」
「…、お前は少し頭のボリューム減ったか?
「やめてくれよ」
「その姿も良いと思うけど」
「そんなわけないだろ、全部なくなったよ。もう僕には何も残せない」
「ふーん、そうか。ツラいのか?」
「そりゃツラい…んだと思う。これはツラいことじゃないの?」
「わからんよ、オレにはよくわかんね。でもオレも自分のことよくわかんねえから、多分みんなそんなもんなんじゃないか」
「キミは誰なの?」
「だからオレもわかんねー」
たくさんの雨に打たれた、太陽の光もたくさん浴びた。次は何が待っているだろう。このままでいいのかな、何もせずただ吹く風に任せて揺れるだけ、それでいいのかな?
蒲公英
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?