小説指南抄(24)書き急いでしまうということ

書き急いでしまうということ

(2016年 10月 19日 「読書記録゛(どくしょきろぐ)」掲載)
 小説を書いていて、もうすぐラストだというところまで来ると、とりあえずゴールにたどり着くために「書き急いでしまう」ときがある。
 今書いている作品でちょうどいいケースがあったので、それを例にして解説する。

まずは、例文。

 開ける八月十七日。早朝の陸軍・伊那飛行場に国籍表示のないDC8がひっそりと着陸した。
 停戦状態二日目の朝。すでに空港には緊張感がなく、管制の兵も二人だけだった。前夜に陸軍の軍務局から連絡があったので、怪しむものは誰もいなかった。
 朝日を浴びる機から降りたのは、平服の東洋人が一人だった。
 迎えたのは、陸軍第九技術研究所の水野軍医少尉だった。機体すぐ横まで車を寄せていた。
 東洋人は、流暢な日本語でアメリカ軍の軍属である「アーノルド・シミズだ」と名乗った。
 本来の占領軍よりも早い来日である。昨日、大本営から全軍に停戦命令が出たばかりで、停戦内閣の東久邇宮内閣が本日成立する予定であった。講和条約の調印は来月だと見られていた。
 それ故に、正規の軍人としてではなく軍属としての隠密来訪なのであった。
 水野軍医少尉は、「研究所で石井がお待ちしております」と言った。

そして、その修正後

 開ける八月十七日。早朝の陸軍・伊那飛行場に国籍表示のないDC8がひっそりと着陸した。
 停戦状態二日目の朝。すでに空港には緊張感がなく、管制の兵も二人だけだった。前夜に陸軍の軍務局から連絡があったので、その着陸を怪しむものは誰もいなかった。
 機体に向かって一台の乗用車が近づいて停車した。
 朝日をぎらりと反射する機体のドアが開き、
平服の東洋人が一人だけ降り立った。
 車のドアを開け、軍服の男が一人降りてきた。平服の東洋人と握手をし、「陸軍第九技術研究所の水野軍医少尉です」と言った。
 東洋人は、流暢な日本語で「アメリカ軍スタッフのアーノルド・シミズです」と名乗った。

 本来の占領軍よりも早い来日である。昨日、大本営から全軍に停戦命令が出たばかりで、停戦内閣の東久邇宮内閣が本日成立する予定であった。講和条約の調印は来月だと見られていた。
 それ故に、正規の軍人としてではなく軍属としての隠密来訪なのであった。機体ぎりぎりまで車を寄せたのも人目を避けるためだろう。
 水野軍医少尉は、「研究所で石井がお待ちしております」と言った。

 最初の文では、まるで歴史書の文である。ストーリー上はこれでも構わないが、このシーンに出てくる人物は、この後のクライマックスシーンでも事件を目撃し、後のシリーズにおいても重要な役割を負う予定だ。そこで、説明ではなくシーンとして描写することにしたわけである。

 若いころの自分は、このあたりの感覚が疎くて、すかすかの作品を書いていた。だから二次予選で落ちてたんだよってことが、この年になってわかるわけである。

(追記 2023/08/31)
自分の場合は、書き始める前に「映像として思い浮かべる」作業が必要だ。
だが、そのおかげで読者からは映画を観ているように没入できたと言ってもらえる。
その分、書き出すまでの脳内イメージの構築が大変なのだが、それだけの甲斐はあると感じている。

この記事を含む創作エッセイは「小説指南」に収録されています。

Amazon.co.jp: 小説指南 eBook : 栗林 元, murbo: Kindleストア

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?