小説指南抄(4)状況の描写でキャラクターを伝える

(2021年 09月 11日 「読書記録゛(どくしょきろぐ)」掲載)
今回は拙著「不死の宴 第二部 北米編」をネタに、情景や状況を描写しながら人物の情報も読者に伝えるという実例を解説。
以下引用---------------------

 目を覚ますといつも日没だ。カルメン・バエンズエラ・レジェスタはこのスイッチを入れるようなヴァンパイアの目覚めが嫌いではない。昔の夢を見なくてもいいからだ。
 強ばった体をほぐしながら化粧台の前に座る。
 鏡の中の自分は十九歳の時のままだった。もう三年以上は経ってるのに。
 鏡の中の時計は左右逆になり、日没後の時刻を指している。カルメンはメイクをする手を止めて皮肉な笑みを浮かべた。
 化粧台の上に乱雑に並んだ化粧瓶と口紅やブラシの間からジタンのパッケージを拾い上げ、一本を振り出すと唇に挟んだ。そして、鏡の前に置いてあったジッポのオイルライターで火を付けると大きく煙を吸い込んだ。
 日没後から起き出してメイクして、常人のころから私は夜に生きてたんだ。夜の街に立ってくそったれの家族を養う為に小金で体を売る。
 あのころ化粧で隠していた肌の荒れや、夜の闇でごまかしていた情夫の殴打の痣はもうなかった。日に当たらない肌は白磁のように白くなり、肉体は肉の繊維の基本から変わったかのように美しく強靱になった。
 今なら、大金を稼げるのにと思った。そしてすぐに、そんな思いはゲイリーにすまないなと思った。私を救い出すために彼は死刑囚になってしまったのだから。
以上引用---------------------
カルメンというキャラクターの初登場シーンである。

注目すべきは、

・昔の夢を見なくてもいいからだ。←彼女の過去をうっすらとつたえ、さらに
・常人のころから私は夜に生きてたんだ。夜の街に立ってくそったれの家族を養う為に小金で体を売る。←と畳みかける

・化粧台の上に乱雑に並んだ化粧瓶と口紅やブラシの間からジタンのパッケージを拾い上げ、一本を振り出すと唇に挟んだ。←情景を描写しつつ、彼女の鉄火肌のキャラを読者に伝える

 情景を絵で伝える「描写」は、「説明」より面倒に思えるかもしれないが、同時に複数の情報を伝えることができる。そういう濃い描写ができていないと、評者や選者は「薄い文だなあ」感を抱くのである。

編集者や公募の選者からの「薄っぺらい」という指摘は、このようなことを言っているのだろう。

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