小説指南抄(5)西瓜の甘さを際立たせる塩

(2018年 04月 25日 「読書記録゛(どくしょきろぐ)」掲載)

リアリティの演出

 今回は、自分では意識していなかったが他者から指摘されて気づいたテクニックについて。
 例文はまたしても拙著「不死の宴」から。

 空は青く白んでいるが、昇ったはずの太陽はまだ山の向こうだった。諏訪神社上社の前宮は、まだ山の陰に入っていた。
 守矢みどりは分室での夜勤を終え、帰宅前の前宮でのお参りを済ませていた。石段の上り下りで、疲れた体が少しほぐれた気分だ。
 世間では女性の夜勤など論外だったが、ヴァンパイアの姫巫女をお守りする守矢の長女は特例なのだ。いや、今のご時世、出征した男の代わりに、バスや電車の運転など、従来は殿方の専用と言われた仕事に女性が進出していたし、しかもうまくこなしているではないか。
 婦人時局研究会の市川房枝先生も女性の参政権獲得のために奮闘しているじゃないの。
 そう考えると「女だって、やるときはやるんです」と思って胸を張りたくなるのだった。

 ヴァンパイアの出てくるSF伝奇小説だが、そのままでは地に足のつかない絵空事として笑い飛ばされてしまう。そこで、「婦人時局研究会の市川房枝先生も女性の参政権獲得のために奮闘している」という、当時の進取に富んだ女性たちにとって胸の躍るような「現実」をさりげなく混ぜることでリアリティーを加味したのである。さらに「殿方」という表現で時代色を出すことも忘れていない。
 次も同様だ。

 菅原は所長室に入るとドアを閉めた。そして自分のデスクにつくと、対面に竜之介を座らせた。
 「先般の演習以来、陸軍省でミ号計画を見る目が変わったんだ」
 うれしそうに言いながらポケットから葉巻を出した。「あさひ」や「金鳶(きんし)」のような軍用たばこではなく高級な輸入物の葉巻である。
 竜之介の視線に気づくと、「この葉巻は陸軍省からいただいた」と言い、いったん額のあたりで拝んでから口にくわえ、ロンソンのライターで火をつけた。

 ここでも「あさひ」や」金鳶(きんし)」という実在のブランドと、ロンソンのライターで菅原大佐の人となりを語りつつリアリティーを演出している。

 これは先日、作家の荒山徹先生が、「伝奇」を際立たせるには非「伝奇」的要素が重要だ、あたかも西瓜の甘さを際立たせる一抹の塩のごとく、とTwitterで拙著「不死の宴」の市川房江先生の下りを紹介されていて、改めて気づかされたのである。
 荒山先生、ありがとうございました。

 私は、こういった手法を荒俣宏先生の「帝都物語」と、スティーブン・キングのホラー作品で学んだのだと思う。


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