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イギリス政府のデジタル組織GDSが示すガイドラインの形

Goodpatchの行政デジタル化リサーチチームです。現在、2つのテーマについて、以下のスケジュールでリサーチ内容を発信しています。

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本記事では日本が推進を試みているガイドラインとイギリス政府のデジタル組織GDSのガイドラインを紹介し、その比較を行うことで日本の行政DXにおいてどのような発展が起きるかを考察します。

「すぐに実践する」ために何が必要か

ガイドラインが一つのリサーチテーマとなったきっかけは、東京都副知事の宮坂学さんが、希望する行政職員を募り、実施している勉強会です。Goodpatchは以前、この勉強会において「世界のデジタル行政のユーザー体験を調べてわかった今、行政にデザインが必要な理由」の講演を行いました。


題名の通り、この講演では「海外行政はユーザー中心設計に基づいたシステムの提供によって、国民との信頼関係を築いている。」というお話しをしました。そこで頂いた都庁職員の皆さんの質問は

・これだけデジタルが進んでいくと、これからの公務員はデジタルに対するそれなりの知識や技術が必須なのかなと思います。まずは、デジタルを取り入れる理念・考え方、次は知識、技術をつけていく必要があるのかと思いますが、今既に働いている公務員に対してどのようにアプローチしていくべきなのでしょうか。他の先進国などでの事例があれば教えてください。

・初歩的な質問で恐縮ですが、UIやUXに関する知識等がほとんどない中で、業務としてシステムの仕様やデザインなどを委託業者やデザイナーさんと調整するに当たって、最低限、知っておくべき知識や情報等がありましたら、教えてください。 

・内製できると非常によいが、難しい組織の中でまず何から手をつけるべきか。。。と入口で迷いが生じます。基本的な指標や、ステップが分かるものはありますでしょうか。(特に行政などの組織に向けた内容)

などが挙げられます。

いずれも、「行政サービスをデジタル化していくにあたって、UI/UXの重要性はわかったが、どこから手をつければ良いか分からない」という趣意です。

このような疑問に立ち向かうためには、あらゆる業務フローの共通項を見出し、 中間目標地点と評価軸の提供を行う「ガイドライン」の存在が重要なファクターの1つとなります。

そこでガイドラインを1つのリサーチテーマとして設定し、本記事ではまず日本国内の動向と、GDSを調査するに至りました。海外行政の事例としてGDSを取り上げた意図については、後ほど解説します。

日本政府が打ち出すガイドラインの内容

現在、日本国内におけて見られるガイドライン設計の動向として2019年2月25日に制定された「標準ガイドライン」が挙げられます。2021年5月10日現在、標準ガイドラインの文書体系は拡張され、5つの基本的な文書からなる「標準ガイドライン群」によって構成されています。

標準ガイドライン群に属するそれぞれの文書の構造を図解すると下記のようになります。この構造は標準ガイドライン内で定義されています。

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標準ガイドラインの内容は非常に膨大であるため1セクションごと解説することはできませんが、示す内容はサービス設計、業務改善、政府内部システムの改善を対象とした

・ガイドラインの背景と適用対象
・ITガバナンスの定義とそれに属する業務内容、進行方法の規律

・ITマネジメントの定義とそれに属する業務内容、進行方法の規律
・サービス・業務企画の定義とそれに属する業務内容、進行方法の規律

です。標準ガイドラインの文脈は、特にプロジェクトを指揮するPMO(プログラム・マネジメント・オフィス)、PJMO(個別管理組織)に向けて、行政組織全体の認識統一に向けた概念定義と業務の規律という意味合いが強いものになっています。つまり冒頭でご紹介した「何から手をつければよいか分からない」という状況に対して、マイルストーンの設置や評価軸の提示など具体的なケーススタディを示す文脈が主ではありません。

その役割を担っているのが「標準ガイドライン実践ガイドブック」です。
実践ガイドブックは実際にプロジェクトに関わる行政関係者に向けて、プロジェクト進行中のガイドラインになる内容が示されています。
そのため、10章からなる内容は次のように実際のプロジェクトの進行フェーズに沿う構造となっています。

1. 実践ガイドブックの構成
2. プロジェクトの管理
3. 予算要求
4. サービス・業務企画
5. 要件定義
6. 調達
7. 設計・開発
8. サービス・業務の運営と改善
9. 運用及び保守
10. システム監査

実際に実践ガイドブック内において「本書の内容は守るべきルールではなく、読みやすさと実用性を重視したもの」だと明言しています。

例えば、その実用性に特化した最たる例として各フェーズをクリアする要件チェックリストを提供しています。

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しかし標準ガイドライン自体がサービス設計、業務改善、政府内部システムの改善など、非常にスコープが広く適用されるものであり、実践ガイドブックでもそのスコープは継承されています。そのため、例えばユーザーリサーチとはどのようなことをすればよいかなど、より実践的な内容にまでは踏み込めていない側面があります。

2021年現在の日本国内のガイドライン設計の動向としてサービス設計、業務改善、政府内部システムの改善などスコープを広く捉えた上で、規律を定義するガイドラインと実践時のフォローアップ的ガイドラインを明確に分けて展開される方針が示されています。

イギリスの政府デジタル組織:GDSが打ち出すガイドライン

今回、調査の対象として英国の政府デジタル組織であるGDS(Government Digital Service)を選択した理由は、ガイドラインの構造設計の大きな違いと実践へのシームレスな導線にあります。日本のデジタル・ガバメント推進標準ガイドラインとは対照的に12箇条の評価軸を元に規律・ベストプラクティス・実践、全てにアクセスできるモデルを構築しています。

そしてこのGDSが定めているガイドラインはTCoP(Technology Code of Practice)と呼ばれています。TCoPは名前の通り、イギリス政府がテクノロジーに関する設計、構築、購入をする際の基準として制定されています。

TCoPの12箇条は次の通りです。

1. ユーザーニーズの把握
2. アクセシブルでインクルーシブなものにする
3. オープンソースを使用する
4. オープンスタンダードの活用
5. クラウドを使う
6. 安全性の確保
7. プライバシーの尊重
8. 共有可能、再利用可能、共同作業可能
9. テクノロジーの統合と適応
10. データの有効活用
11. 購買戦略の策定
12. サービス基準を満たす

ここですでに大きな違いが見受けられますが、日本はガイドラインの最上位レイヤーを業務ジャンルによって区分していましたが、GDSのTCoPは12箇条の評価軸で分類しています。

TCoPのリソース構造に見る思想

TCoPのガイドライン構造について「1.ユーザーニーズの把握」を例にとって説明します。まず説明されるのは、ユーザーニーズの把握によって得られる効果はなにかという概論です。

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次に用意される話の展開は、「ではその効果を得るためにどのようなことをすればよいか?」を明確にするたの事細かな解説リソース提供です。実際にユーザーニーズの把握をするにはどのようにすればよいか、ユースケース別の発見方法から調査結果の分析方法までが、全て事細かく網羅されています。

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そして、これまでのリソースの展開先として実践の場も用意されていることがGDSの特徴です。ユニークなのは、ユーザーニーズの把握などのユーザー中心設計のトレーニングイベントが設けられていることです。例えば、User Research Mondayと名付けられたイベントでは毎月第一月曜日にリサーチできる場を設けています。

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TCoPから見えてくるのは「徹底的なリソースと、実践フィールドの機会を12個の評価軸から全てアクセスできる」というガイドライン方針です。

12箇条の項目のうち、任意のセクションについてまず「何が得られるか」を提示することで、どのような視座を持つべきなのかをIntroduceとして配置している意図が見受けられます。

その次の展開として、膨大な実践的リソースを実際のプロジェクトに則った順序で掲載することは、リテラシーの向上はもちろん、行政職員やその関係者といった非デザイナー職の方の「次にどうしたら良いかわからない」という課題を解決するためにあると言えます。その都度立ち返ることができる状態を構築することで、チェックリスト的役割も担っています。

最後に実践の場の提供という流れに着地することで常に小規模な実践を繰り返すことができ、すばやく学習できるモデルを重要視していることが考えられます。

GDSの事例からは「次にどうしたら良いかわからない」という状況によって今後のデジタル・ガバメントの推進を阻害してしまう可能性を極限まで減らすことに注視していることが読み取れます。 明確な定義と規律の設定、現在地点の把握を結びつけ、その上で実践フィールドに着地したシームレスなガイドライン設計がDXをスケールする上で必要になる展開だと考えられます。これらがワンセットとなった上で改善しつつ反復的に実践できる環境が醸成され、ようやく文化として定着することが予想されます。

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