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ママはコミュニケーションお化け第一話

「一ツ物」
2020年 10月14日


 10月といえば、わが社では一ツ物神事ひとつもの-しんじが行われる。
 あの子が現れたのは、その祭事のあと、大方の人が退いて宮で一人祝詞のりとを奉上していたときのことであった。

「佐須良ひ失ひてば 罪と云ふ罪は在じと 祓へ給ひ淸め給ふ事ことを……」


 私の後ろで物音がする。誰か来たようだ。

「天つ神 國つ神 八百萬󠄄の神等共に 聞こし食󠄁せと白す」

 奉上し終えて、退いて踵を返すとそこにはアルバイト巫女のちよさんが、困った様子でこちらを見ている。
「どうしましたか?」
「え、ええ。その、祭りで迷子になった子がいまして…」
 迷子、と聞いて一時的に預かることになるのか、と思いつつも、村の子なら誰かしらもう探しに来ているだろうということと観光客なら届け出が出てアナウンスの一つサイレンから聞こえてきそうなものだと思った。
「警察は?」
「それが…」
 ちよさんは、頬を撫でながら空を見つめて。
「その子は外人さん…といいますか、その…召し物がロシアンチックといいますか…」

 首を傾げる。
 状況がよくわからない。

「その子は?」
「社務所にいます」
「とりあえず、様子を見て警察に連絡しますか。神具を片してくれますかね」

 私は、ちよさんに片付けを任せて、拝殿から出て社務所へ向かった。
 先程まで、神事で黒山の人だかりだった場所はもぬけの殻といった有様で、砂利を踏む音が境内けいだいをこだまするほど静まり返っている。
 社務所しゃむしょの戸まで来たとき、中から話し声が聞こえた。

 戸を開くと、そこには真っ白いコートの、コサック帽を被った幼い子と、傍らに軍服を着た女性が立っていた。私はとっさに身構えたが、女性がこちらに気づくとこちらにやってきた。
「今日から、この子をよろしくおねがいします」
 気圧されつつ、言葉を紡ぐ。
「親御さんですか、見たところ日本語は使えるようですが…その、よろしくとは」
「ここは、今日より私の監督下に置きます」
 何を言っているのだろうか。私は、外国の方が覚えた日本語を使うに意味が違えているのだろうと思った。
「お母様、日本語は流暢のようですが…じきに警察の方がいらっしゃるので…それまでごゆっくりしてください」
 軍服の女性は片手を上げて、「ありがとう。しかし警察は来ないです。黙っていれば、悪いようにはしません」
「は、はぁ…」
 私は、お辞儀をして電話を取ってダイヤルを回したが繋がらない。うんともすんとも言わない。
「電話線に細工をしましたので、繋がりませんよ」
 必死に、電話の裏やら見て、繋がらない理由を見たが、どうも見当がつかない。

 そういえば、この子をよろしく、と言われた真っ白いこの子は、母親の言動には一切動じていない。むしろ、居ないかのようだ。

「おかしいな…どこも特に…」
「おじさん、誰と喋ってるの?」

 私は背筋に冷たいものが走った。

「誰って…あなたのお母さんだよ」
「私には母親は居ないよ。私を産んで死んだから」

 その時、戸が開いた。
「どうですか、清田さーん」
 ちよさんがはいってきた。
「ああ、それが電話が繋がらないんだよ、それにお母様もお見えなのだが、色々状況が分からなくて…」
 ちよさんは眉をひそめた。
「お母様…? その方はどこに…?」
「え…」

 私は、振り向くのが恐ろしくなり、かたまった。
 その肩に、手が置かれ「よろしくおねがいしますね」と聞こえた。

第一話 よろしく


「どうしました、清田さん?」
「いや、こちらで預かることになった」

 あの子と、その母親とはそのようにして出会ったのだった。

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