オールドファッション(999字)
「犯人はこの中にいる」と探偵は言った。しかし即座に「この中にいるんだぴょん」と言い直す。さらに「うさぎ!」と付け足すと、ひらいた両手を頭に添えて、うさぎのポーズを披露した。「なんか邪魔だな。過剰だな」残念そうにつぶやく探偵。無理もない。頭上には蛍光灯みたいな輪っかが浮いているのだ。
居並ぶ容疑者たちは凝固している。
探偵は軽やかなステップを踏んだ。
「人間はどうあがいてもこの宇宙から出られない。ならば事件の現場がどこであれ、密室殺人と断定できる」
踊るのをやめると、探偵はビニール袋で密閉されたドーナツをポケットから取り出した。
すぐさまそれを開封する。
食べた。
むしゃむしゃ咀嚼しながら探偵は語る。
「かつて実演された膨大な密室トリック。その中のどれかひとつが今回も使われた。データベースを検索したまえ、ワトソン役くん。答えはそこに書いてある。犯人の名前もな」
指についたドーナツの破片をなめ取り、スカートでぬぐうと、探偵は容疑者の群れを睨みつけた。
「自らのキャラクター性を強化するため、ひたすら奇矯な振る舞いをし続ける義務が探偵にはある。この私、名探偵シュガーレイ・ブラウンとて例外ではない。私は永遠に少女のままであり、凝った表現で描写される髪の色の持ち主であり、ある特定のドーナツをこよなく愛するものである。解決篇ではドーナツをきれいにかじり、三日月の形に整えたあと、お決まりのセリフを言い放つ」
探偵は食べかけのドーナツをワトソン役に押しつけると、空っぽになったビニール袋を空中に放り投げ、懐から素早くピストルを取り出した。
銃声
残響
沈黙
探偵が再び口を開く。
「謎はすべて最初から解けていて、犯人は最初からこの宇宙に閉じ込められている。謎の答えは何でも良いし、犯人だって誰でも良い。細部は全部交換可能。ドーナツとは違ってね」
探偵のキュートなウィンクが炸裂した。
頭上のエンジェル・クルーラーから甘い香りが放たれる。
「伯母さんの手作りドーナツは最高だ。それ以外は最低だ」
決めポーズで微笑んだ探偵を、より魅力的に描写するため、作家たちが案を練る。
ワトソン役の私は、探偵の食べかけのドーナツを、いつまでもいつまでも手に持たされたまま。
謎ならすべて私が解いた。だけど私は探偵じゃない。誰も私に注目しない。誰も私を認識しない。手の中にある三日月を思い切って食べてみる。なんだかちょっと重たくて、私の口には合わないみたい。
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