見出し画像

ロンリーハーツ・クラブミュージック

クラスメイトの木村美沙は俺と付きあうことを了承してくれたとき中学2年生の分際で「あんたは私の歴代7番目の彼氏で現在4人いる彼氏ランキング第4位だし歴代総合順位でも最下位の第7位なんだよ」とか言い放った限りなく透明に近い貞操観念しか持ち合わせていないキュートでグロテスクな女子だった。でもそんな奴にありがちなディスカウントショップ的な佇まいとは完全に無縁だったし、むしろ14歳にしてすでに出どころの不明な謎の高級感を漂わせていて所謂ひとつのショーウインドウのトランペット的な手の届かない存在でもあったため、ジャズなど聴いたこともない俺は自分が何番目だろうが第何位だろうがマイルス・デイヴィスがどれほどバンドメンバーの変更を繰り返そうが一向に気にならず、中学生らしい純粋できらきらした欲望が脳内に渦巻くのみで手足はしびれ指先から放電さえしていたのだけど、木村美沙は俺との関係を手も繋がせず2か月で強制終了させた挙句、その12年後には何十番目だか何百番目だかわからない最新の彼氏(41歳・税理士・ランク不明)に殺害されて今はなぜか俺の狭苦しいワンルームで地縛霊となっている。「給湯温度を43℃に設定しました」と俺に伝える役目を買って出ている。給湯器の機械音声とわざわざ声を合わせてユニゾンで俺に知らせる。「付きあった相手で、あんたとだけ何もしなかったから」というのが俺の家に居着いた理由らしい。お詫びのつもりらしい。俺が喜ぶと思っているらしい。ところが俺は木村美沙がいるせいで悪夢ばかり見るようになったし、常に食欲がないし、体調も10段階評価の2から3のあたりをうろうろうろうろ、木村美沙と一緒に遊んだ思い出のバイオハザード(初代プレステ版)でいうところの、お腹を押さえてハーブを探している状態だ。
木村美沙は去年同窓会で会ったときとあまり変わらない26歳の最新の美貌で保存されているのだけど、ホログラムみたいな感じで触れることはできないし、たとえば俺がアダルトサイトなんかを真剣な面持ちで閲覧しているとディスプレイいっぱいに滅多刺しにされた自分の実際の死体画像を映し出してしかもPCをフリーズさせたりする。
俺はキャーーーーーイヤーーーーーーとか甲高い声を出してしまうし、トイレにも行けなくなるし、木村美沙を殺したのは本当は俺なんじゃないか?とかありもしない妄想に取り憑かれそうになるし、寝るとき電気を消しても消さなくても怖くなる。オレンジ色の小さい電球? あれがいちばん怖いんだよ。

そもそも木村美沙の地縛霊は複雑な会話をこなせない。「この部屋カラーボックス多すぎじゃない?」とか「部屋着それしか持ってないの」とか「給湯温度を37℃に設定しました」程度のことを言うのが関の山で(俺は食器を洗うときは37℃、風呂に入るときは43℃のお湯を使用するというルールを頑なに変更しない)、中学時代の思い出話をしてみても首をかしげるばかりだし、映画のストーリーなんかもまるで理解できないみたいなのだ。グロ画像に怯えて布団にくるまる俺を見てげらげら笑ってみたりはするくせに。

何のつもりか木村美沙の地縛霊は一度だけ素っ裸を見せてくれたことがあったのだけど、千載一遇のビッグチャンスにも関わらず俺はまったく別のことを思い浮かべていた。それはカリフォルニア南西部の都市で宇宙開発のベンチャー企業に就職したはずの大学の後輩・糸山慎一が先々月になぜか近所のバーミヤンでふたりの女性に土下座させられているのを見かけたときの光景なのだった。正確には冷や汗まみれの糸山が疲れ果てた美しい顔の女たちに土下座しているその背後の窓に映ったネオンの光が、子供向けのビーズアクセサリーみたいに見えて、安っぽくて愛おしくて泣きそうになってしまったということを思い出していたのだ。
木村美沙のランク第7位(当時)だった俺はなぜか二人きりで夏祭りに行けたことがあって、張り切った俺は出店の幼稚なアクセサリーをプレゼントしようとしたものの、にべもなく断られきつい言葉を浴びせられビーズもろとも完膚なきまでに粉々にされてしまった。まったく思い出す必要のないそんな場面の再生に脳内のリソースをほぼすべて強奪されていたせいで、気がつくと中学の頃に死ぬほど見たかったはずの木村美沙のストリップショーはあえなく終幕していたのだ。木村美沙の裸は結局のところ今も昔も俺の想像の中にしか存在しない。それはこの世でもっとも完璧な裸だし、誰の目にもさらされることのない純粋な裸だ。だって歴代の彼氏の中で俺だけが木村美沙の裸を見ていないのだから。もう死んでしまった木村美沙の幻の裸。それはサグラダファミリアみたいに途方もない時間と膨大な計算式と偏執的な妄想でもって組み上げられた、ひとりの人間の脳内で処理するには無謀なほど重く過剰で精密な3Dホログラムなのだ。

そんなこんなで木村美沙のいるこの部屋は毎日ひんやり湿っていてうす暗いし、俺は悪夢ばかり見るようになったし、アダルトサイトは閲覧不可だし、清めの盛り塩は木村美沙が猫みたいにぜんぶ舐め取ってしまうし、それは明らかな塩分の取りすぎだし、ハーブは見つからないしショットガンは弾切れだ。
でも木村美沙がたまに見せる笑顔には昔の面影がしっかりあって、それを見た俺の気持ちはたちどころに蜂の巣みたいになってしまう。とても似合っていた緑色のワンピース。ぴかぴかの丸い肩。はかない一生を終えた女と給湯器の機械音声、ふたりの甘いハーモニー。幻想的な電子音楽。ちょっと古くさいブレイクビーツ。ハンガーに掛かっている俺の服。テーブルを埋める生活の残骸。床に散らばったあの日のビーズ。日々痩せ細ってゆく体。
木村美沙の無残な死に顔。
43℃の熱いお湯。








なんとこの小説のイメージをkazma tamakiさんが曲にしてくださいました!
ここです!→https://note.mu/kazma_tamaki/n/n1cf35bd3126a
めちゃくちゃカッコイイのでぜひ聴いください!

#小説
※全文無料公開です。購入しても小説の続きはありませんが、読むと損するレベルのちょっとしたあとがきがあります。
その他の小説の目次は→ここ


ここから先は

278字 / 1画像

¥ 100