【死語の世界】第十九話 『わんぱく』
1970年代に一世風靡した丸大ハムのコマーシャル「わんぱくでもいい、たくましく育ってほしい」が懐かしい。
漢字は『腕白』と書くが当て字らしく、意味としては、子供、特に男の子が言うことをきかず、暴れまわったり、いたずらをしたりすることをいう。語源は諸説あり、「関白」の音変化ではないかというのが有力らしい。なんちゃら白(ハク)の白は「はっきりとしている様」の用法だろうから、つまり『腕白』とは「はっきりと腕にものを言わせる様子」のことだろう。エネルギーがありあまって腕っ節(暴力)でなぎ倒していくやつのことだ。あまり、いい言葉とは言えない。まるでロシアのようで、今時はまったく支持されないあり方だ。まあ、だから、「~でもいいが」の~に座ることができるのだろう。「彼は男尊女卑にも近い亭主関白だが仕事はむちゃくちゃできる」などというふうに。
当時、ドリフターズの加藤茶のギャグで「バカでもいい、たくましく育ってほしい」というのがあったが、あのころはバカに寛容でおおいに笑った覚えがある。
このふたつの文脈には同じズレが生じているようにおもう。『わんぱく』も『バカ』も悪意語として使われておらず、ちょっと可愛げのある憎めない存在へとひずんでいる。そうなると、「バカ」はハナから違う意味だからいいが、『わんぱく』は言葉としてのエッジ(差異)が立たなくなる。
なぜこのようなズレが生じたのか。『わんぱくwampaku』の字面も音も憎めない感じだからというのもあるとおもうが、私はあのコマーシャルの内容が間違っていたからだとおもうのだ。だって、お父さんと二人で、どこかにキャンプに来て分厚いハムを一緒に焼いて喜んでいる子は『わんぱく』じゃない。ただの「いい子」だ。今の時代ならまだしも、あの時代にあのような仲良しでは、単にたくましく育つことさえ難しそうである。
私も小学生だったので、あのコマーシャル以前はちょっとわからない。いたずらばかりする悪童をつかまえて近所のじいさんとかが、「このわんぱくが!」とか怒鳴ったりしていたのだろうか。
本稿「死語の世界」は、(そのブーム以前には見かけない新語としての)流行語は扱わないことにしているのだが、『わんぱく』はたとえば、映画タイトル名にいくつかあってもまったくヒット作を見かけないところなどを見ると、もともと扱いにくい言葉だったにちがいない。それをあえて前面に打ち出してみたが、その表現を間違え、はからずも葬ってしまった。そういうことのようにおもえる。だとしたら、『わんぱく』とは実に不憫な言葉であり、現代に『わんぱく』を見かけないのも仕方なかろう。
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