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【 死語の世界 】 第二十三話 『カマトト』


いつだったか、気のおけない仲間と飲んでるときに、私より10歳近くも若い女友達がだれだかのことを指して「カマトトぶってるだけじゃんね」と言い出した。一同は数秒固まった。彼女の顔を見ると、自分にツッコミ入れそうな素振りはなく平然としている。「それ、あんまり聞かないよね」と素朴に返されたところで、彼女も気づいた。死語だなと。やっちゃったなと。
つまり、死語をいうときは、それは死語だと、あるいは危篤だと瀕死だとわかって使わないと、トシだとおもわれる。特に微妙な年齢の諸兄諸姉は気をつけたほうがよろしいようである。


『カマトト』はかわい子ぶることをいうが、もともとは「知らないふりをすることで、うぶ(これも死語だ)らしく振舞うこと」をいう。語源は、「カマ」は蒲鉾、「トト」は魚の幼児語で、かまぼこが魚から作られることをほんとうは知っているのにとぼけたふりで、「かまぼこってトトからできてるのー?そんなの知らなーい」とぶりっ子(これも死語)をしたことから来ているそうだ。そのぶりっ子は一般の女性がやるものでは必ずしもなく、江戸期の上方の遊郭や、幕末の花柳界での常套句として女性が旦那衆に使った言葉だといわれる。なかなかに由緒のある言葉だ。

明治以降、死語となったが、宝塚歌劇の女優たちが楽屋言葉で使い出し、昭和の時代に復活を遂げたがここに来て再び死んだという次第で、おおよそ理解としてはよさそうである。


私が注目したいのは、[ものを知らないこと≒かわいい]という公式である。じゃあ、ものをよく知る女はかわいくないのだろうか。それはそうだと答える男たちは一定数いそうであるが、この公式は男性が女性に対して当てはめているのではなく、女性が「男はそういう女をかわいいと思うはず」と半ば思い込んでいるということを表している。さらに、「知っていても知らないふり、いってみればそれが女の芸当なのだとわかっていても、男の人はかわいいとおもってくれる」という、大人のやり取りというかゲームとでもいうか、そういうものとしてとらえていたのかもしれない。これは深度のある話である。


さて昨今、これに類する言葉が見当たらない。ぶりっ子は80年代、石野真子だか松田聖子だかに使われた言葉だが、流行語の域。当時、ぶりの子だから「はまち(っ子)」などという言い方もあったが、ちょっとつくり過ぎのきらいがあってまったく流行りもしなかった。今もし、カマトトニュアンスが代用されているという言葉があればぜひ教えてほしい。「天然」「てへぺろ」は近いようでいてだいぶ異なるとおもう。「天然」はふりではなくその傾向を指すもの(中には天然ぶる子もいるかもしれないけど)。「てへぺろ」は失敗した時の照れ、という底の浅い説明があるが、そうじゃないだろう。むしろ、行き過ぎた個性を丸めるときに最大効果を発揮している言葉だとおもう。無知や無知を装うことからかんがえたら真逆である。


カマトトの死は、かわい子ぶりっこする女性自体の絶滅によるのだとおもう。おそらくこれは決定打であって、3度目の復活はむずかしいだろう。もしこのニュアンスが蘇生する時が来たら、理路は省くがおそらく少子化問題は片付いているだろう。

補記
「死語の世界」はFacebookに連載していたものなんですが、友達の女性から、今は男子がそうだとの指摘があって、面白いと思いました。でも、アスパラベーコン巻き男子は、ちょっと作りすぎ。

さらに補記。
草食系男子って「キメる」ものなんだね。ちょっと驚く動詞なんだけど、もしかして「カマトトキメテみた」って言ってたかも、昔の芸者。

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