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士官候補生

剣の意匠など、見てもわからなかった。

自分の手に馴染んで使えれば良い。
大伯父はそう教えてくれた。

私は大伯父の教えに従って、自分の扱いやすい長さと重さで…幾分見飽きない装飾の施された剣を手に取った。それが、大伯父からの入学祝だそうだ。



「没落しても騎士の家に生まれたことを誇りに思うように…」
結局女しか生まれなかったこの家に、大伯父は大層な教育と資材を父の代わりに注ぎ込んでくれたと思う。教会学校で社交的な妹とは対象的な私にとって、図書館の本を読むことや授業に取り組むことの他…剣術を学ぶことはまるで水を得た魚のようだった。どこかしこで「お前が男なら良かったのに」と陰口を叩かれたのは数えるのに飽きるほど。不思議なことに、妹の周辺には「私」と話がしてみたいと申し出が集まった…。私に直接聞きに来れば良いものを。妹はそのせいで、私と距離を置きたがるようになってしまった。

まだ磨羯宮の月だと言うのにやけに陽気が差し込む昼にその報せは入った。
教会学校で護身のための短刀術を復習していたところに、南部の聖堂探索の後方支援という形で士官学校の教官が志願を募りに来たのだ。


北部高原に位置する我が「アルナハ北部イリス教会学校」はヴィアストレン中央都市よりはるか2000テルー。辺境ではあるが、中央の情報が入ってこないほどではない規模の海に面した炭鉱都市である。

士官学校といえば、北部高原最大都市のピスール…中央直轄で「士官学校」を名乗れるのはデンビル士官学校しかない。そんなところには名門貴族でも文武がなければ敵わないのだろうが、ここ数年は隣接する国々の情勢悪化につき遂に我が国でも「実戦」の声が上がっている。
要は、名実ともに美しき気高い貴族様方に指揮を取ってもらい、私達のような学生や比較的雇いやすい年季の浅い傭兵から戦力を補充するという国の魂胆だろう。
私は中央に恩義はないけれど、この身につけた知識と剣術が使い物になるのなら喜んでこの街を出て行こう。安寧にどこかの嫁になり働き手になる将来よりも、戦士になっている姿を想像して視界が鮮明になり、期待で胸が高鳴った。

教師が私を呼びだす前に、社交上手の集団が近くで聞こえるように話しているのを耳に入れるや否や職員棟へ足早に向かった。

職員棟について間もなく、士官学校の募集担当が笑顔で私を認める。
どうやら話は通っていたらしい。「先ほども伝えた通り、剣術に興味のある変わった子でね。授業も成績がいいですから、よく成長するでしょう」との担任教師の言葉に、募集担当官は「まるでかの戦乙女を彷彿とさせる行いですね。先生の推薦であれば、彼女がその気なら士官学校に編入許可を出しましょう」
後方支援学徒ではなく、編入学。父が聞いたら嬉しがっただろうな。
「没落しても騎士の家に生まれたことを誇りに思うように」
それが口癖だった。「お前は、性格が私に似ているからな…」そう言いながら頭をよく撫でていた…。剣術の才覚はあっても、病弱で武で身を立てることはできなかった父。父の治療に奔走した母。母は私と妹を産んだけれど、自らを省みず労が重なり心を病んでしまい…いつの間にか出奔していた。
病床の父が大伯父に私たち姉妹を託し、空に抱かれたのも3年半前のこと。
だから……帰る場所はすでに無いと思っていたのに。

この日のことを大伯父に手紙を送った1週間後、彼は5~6人の鍛冶師や武器商人を教会学校に連れてきて「好きなものを選びなさい」と破顔した。
あぁ、また妹の肩身が狭くなるだろうな。

そんな事を考えながら。
どの剣が私の帰る場所になりうるのか、吟味していた。

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