生きていること

「生きていてもなんのいいこともないね」

さっきまで痰がつまってしゃべれずにいた田中さんの吸引を終えた瞬間、第一声がこれだった。
何て答えていいかわからず、悩んだ末に出てきたのは、
「どうしたの」
だった。後悔した。意味のないことを聞いた

田中さんは少し悲しい顔をしたあと
「何十年と生きてきて、最後は喉に穴が開いて、自分の声で喋れなくなって、穴からは常に痰が出てきてて、ただただ苦しくて、この先いいことがあるとも思えないし。私があなたくらいの時はこんな苦しい老後が待っているなんて思ってなかった。もっと早く死んでおきたかった。」
何も言えなかった。ただただ吸引気を片付けて、気管切開部のガーゼを変えた。
目頭が熱くなっていることから、必死に目をそらした。

なんのために生きて
なんのために死んでいくのか何てわからないけど
せめて、せめて最後くらい安らかに、少しでも楽にと願わずにはいられない。
でも、それが叶わないのが人生だ。
でも、そんな願いさえ叶わない意味がきっとある。そう信じたい。