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背広研究 採寸単位のはなし

洋服の型紙の作り方にはたくさんの流派があります。
これは有史以来ず〜っとそうなのです。
日本における背広のそれも同様で、
流派同士で熾烈なバトルを繰り広げてきました。

さて、型紙をつくるといっても、スタート地点からいろいろなやり方があります。
簡単なものでは、すでに図面が引いてある出来合いの型紙を買ってくるとか、
古着を解体して型を取るといったものがあります。
日本の背広に関しても、明治の初めの頃はそんな具合でした。
しかしこれらは基本的に本人の体に合わせてつくるという思想ではありません。

まずもって本人の体にピッタリとあった洋服を作ろうとすると、
本人の体を数値的なデータとして把握する必要があります。
この作業を「採寸」といいます。

さて、この計測する時の単位ですが、現代ではセンチメートルが使われることが一般的です。

しかし早い時期の日本では、古くから親しまれた「鯨尺」が使われました。
これは和裁の時などに使われる独特の単位で、いわゆる普通の「尺」とは異なります。
参考までにお伝えすると普通の尺は一尺=30.303cmですが、鯨尺は一尺=37.88cmとやや大きめになっています。
西洋の衣服を作るのに日本の鯨尺で測るというのも不思議な感じですが、
昭和に入っても使い続ける人もいました。

次に広く使われたのがヤードポンド法の「インチ」です。
じつはこれは今でも使い続けているところも珍しくありません。
1インチは2.54cm。馴染みのない人からすると中途半端な単位に思えますが、
洋服裁断には非常にキリの良い変化率を持つ単位なのです。
インチは1/4、1/8、1/16といったふうに4を区切りに目盛りが刻まれており、
とくに重要なポイントとして、1/4インチは1縫代に相当します。
これをセンチに直すと、0.6mmとか0.7mmとか中途半端な単位になります。
センチ単位でキリの良い数字でやろうとすると、0.5mmでは少なすぎてほつれてしまい、10mmでは広すぎてスタイルを壊すわけです。

それから人体の大きさの増加率もどうやらインチのほうがキリが良いと言われています。
たとえばある人の胸周りを測るとします。ある洋服屋が測ると90cm、ところが別の洋服屋が測ると91cm…といった具合に安定しません。
なぜならば人体に線が引いてあるわけはないので、人によって若干測る位置がズレると、採寸値も変わってきてしまうからです。
またその時の本人の体調、満腹空腹、息の浅い深い、朝起きたばかり、姿勢などによってそもそも実際の値も異なっていることがあります。
これをセンチ単位で把握しようとすると容易なことではありません。

ところがインチ単位だと、目盛りが大きいのである程度おおざっぱに把握することができます。
90cmだろうが91cmだろうが、36インチとみなしてしまえばよいのです。
93cmの人は37インチに切り上げてしまえばよいわけです。

そしてどういうわけかおおむね人体はインチ単位でキリの良いサイズに収まっていることが多いようです。
既製服のサイズなどは、センチだと76cmとか73cmとか中途半端な値になっていますが、インチだと30in、29inときれいな数字に直ります。これがたとえば5cmや10cmの区切りだと具合が悪く、大きすぎたり小さすぎたりするようです。

何はともあれ、戦前の日本の紳士服業界では東西を問わずインチが非常に愛用されていました。
鯨尺とインチは目盛りの単位の相性がよく、変換しやすかったという話もあります。


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