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背広研究 ドレープのはなし 2

前回、余裕量が増えたからネックポイントが前進したという説明をしました。
とはいえネックポイントの移動による胸巾のバランスの配分と言われてもピンとこない方もいらっしゃるかと思いますので、
今回は型紙操作(マニピュレーション)によってドレープ型と非ドレープ型の違いを説明しようと思います。

型紙操作(マニピュレーション)とはなんぞや?

採寸方式を問わず、メジャーで測った数字だけで完全に人体の凹凸にフィットした服を作ることは至難の技です。
ようは、服の型紙作りというのは、3Dの人体を2Dに変換して、また3Dに直す作業です。
人間の体には人によっていろいろな個性があり、
反り返った人もいればうつむきの人もいます。
特定の骨だけ発達していたり、特定の筋肉だけ発達していたりと、
これは遺伝、生活など様々な原因によるもので多種多様です。

こういう人たちに全員、同じ型紙で作った服を着せると、
どこかに故障がでることは想像に難くないと思います。
これを直すことを専門用語で「補正」といいます。

基本的には縫い目に多く余分がつけてある(専門用語で「縫い込み」といいます)のでそこから不足分を出すことになりますが、
それだけでは完全にフィットできない場合は、
さらに進んだ補正の処理が必要になります。

そこで、足りない分量を立体的に補うために、
型紙にハサミを入れて切り開いてパターンを作り直します。
これを型紙操作(マニピュレーション)といいます。

今回はその型紙操作を応用して、
非ドレープ型の型紙をドレープ型に直してみます。

さて、ここに用意したのは、いかにも昭和一桁という感じの非ドレープ型の前身頃のパターンです。
これを縫い上げると脇下が相当タイトな仕上がりになります。
これをドレープ型に変換していきましょう。

まず、ユトリを増やしたいところを赤く図示しました。
ぶっちゃけ、ここ以外の場所には増やしようがありません。
前方に増やしたところで、全部前に流れてしまうからです。
ただのダブル仕立てになります。

ここを膨らませるにはどうしたらいいか?
胸グセ(胸ポケットの下のダーツ)をたくさん取れば膨らみますが、
ウエストの分量が犠牲になりますから、
どうしても胸幅を広げてやらないといけません。
そこで、まず、青線のようにハサミを入れます。

そしてパカっと開きます。
赤く示した部分に隙間ができます。
これがユトリになります。

この作業を通じて胸部分の面積を増やすことができました。
とはいえ、腰回りは増やす必要はないので切り取ってしまい、
前に飛び出さないように裾線を後退させます。
あとは線を整えて・・・


という感じでドレープ型になりました。
・・・おそらくこう思われるでしょう。

「ネックポイント、動いてなくね!?」

そう、ネックポイントの位置は相対的なものなんです。
下の図ではわかりやすく回転させて袖ぐりの底と打合を合わせてみました。

青が非ドレープ型 黒がドレープ型

今回の操作では、「相対的に」ネックポイントが前進したことがわかります。
つまり、理想の位置に胸の分量を増やそうとすると勝手にこうなるんです。
現代のパターンの胸の部分を打合から上下に開いてネックポイントの後退について考察された方もありましたが、
もし現代のパターンを過去のパターンに直そうとするのであれば、むしろ胸の分量を絞ることによって考察すべきと考えます。
試しにやってみたのが下の図。
(上述の逆の動きでも良いのですがもっとわかりやすさを狙いました。)
 

この部分で胸の分量を切り取ると強制的にネックポイントが後退することがわかります。
(この場合袖ぐりの長さが不足するので延伸する必要があります)

というわけで、自分としては歴史的なネックポイントの「寝起き」は
余裕量の問題だと考えています。


(冒頭の写真は昭和33年の背広です。たっぷりとした胸のドレープをご覧ください。)

※今回の投稿は稲葉藤次郎先生の「裁断法根柢から」の内容をベースにしております。


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