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リビング


 リビングで母が布団を敷いて眠る。
 母の抗がん剤治療が始まってから、母はほとんど寝たきりだ。
 今までは母の部屋で一人、眠っていた。私はそれが寂しく、つまらなくもあった。まるで家にいるのに、一人みたいで。
 こないだ、家へ帰ると、リビングで布団を敷いて母が寝ていた。それに心が躍って、わくわくと跳ね出しそうだった。
 小学生の頃、家族四人全員、インフルエンザになったとき、リビングに布団を敷き、みんなで肩並べて寝た。そして起きたら、大きなテレビでみんなでゲームをする。
 そのときのことを思い出した。

「ママがここにいたら安心だね」
 私が声をかけると、目を閉じたまま、笑った。
「邪魔だけど、ごめんね」
「嬉しいからずっとここにいて」
 本心からの言葉だった。
 母はまた笑った。それから、ゆっくり呼吸を繰り返す。細くなった手が、布団から出ている。痩せてこけたほほ。癌は母の骨を溶かし、体重も20キロ近く溶かしていった。
 治ると言った先生の言葉を反芻しながら、母の顔を眺めた。
「なんか飲む?」
 母は首を横に振った。
「おやすみ」
 母の手を握ると、2度、握り返してくれた。
 母は生きてる。信じなければならない。また、笑顔でいっぱいご飯を食べる母の姿。
 私は、このまま全国に飛び回って仕事をしていいんだろうか。母の側にいたい。それは甘えだろうか。何が正解だろう。
 私、ママのそばにいて欲しい?
 泣いてしまうから、そんなこと直接聞けないけれど。母を信じて、今しかできないことを、私らしくやるよ。私も頑張るよ。
 苦しそうに、眉間に皺を寄せる母を、やはり眺めるばかりだった。

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