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君は不二家のハンバーグを食べたことがあるか

・散歩、序の章

 こんにちは、はぐれです。

 日記に書くことがなくなりつつあったので、今日は昼から散歩に行ってみた。日記を書くために生活を改めるという主客転倒ぶりは気になるが、まあ改善されるのならばヨシだろう。

 午前十一時、全身ネイビーブルーの服を着た俺は電車に揺られ、降りた例のない駅へと降車することにした。たかだか数百円で知らん場所にワープできるのだから、電車というのは大した技術だと思う。

 ただ、降りた場所が類を見ぬほど悪かった。そこは巨大な住宅団地のど真ん中だったのである。住宅団地と言えば、まったく同型のアパートメントを憑りつかれたようにコピーペーストした地形がどこまでも広がる場である。不毛の大地と言っても良い。実に視界の七割はアパート、残り3割は公園と山と家庭菜園で構成されていた。

 形状の違いはさておき、団地というのは津々浦々にあり、故にわざわざこの駅で降りる意義はないと言えた。感受性高き賢人であれば、例え団地であっても固有の面白みを把握できるのであろうか。

 ここまでの偏見で分かることだが、俺という人間にアパートへの造詣は無く、故に団地の迷路を抜け出すまでに思ったことは三点のみであった。

・しょっぼい川が流れているね
・うわ、ここにもしょっぼい川がある
・それにつけても、しょっぼい川ですなあ

 しょっぼい川は、確かに貧相かつ取るに足らぬ流れであったが、その水質は澄んでいた。それを見るにつけ俺は、「君はしょぼいけど、頑張っているね」と慈悲の心を得たのだった。
 ただ、それは俺自体が慈しみの感情・器量の深さというものを十二分に有しているからであって、まったく川のお陰ではないことを断じて記す。

 しょっぼい川よ、永遠なれ。

・散歩、山を抜けての章

 人類の歩行能力を試すようなデタラメな山道を抜けると、団地の風景は塵と消えていった。しかし代わりに現れたのは、老朽化した家屋がこれでもかと立ち並ぶ住宅地で、金を払われてもなお居住を図りたくないような倒壊間際のアパートが林立する場所であった。

 これでは何も変わらないではないか。俺は怒りに身を任せ、危うく人通りのない車道で大の字になって、ふと空を見上げたいような気分になった。俺はその衝動を、考えつく限りの理性と一般論でもって抑える。(パーカーの背が汚れたら嫌だ、など)

 その時の天、純粋なる曇り。まったくもって煮え切らない気候に業を煮やした俺は、ふと、車道の脇へと伸びる急峻な坂に気が付いた。見下ろしてみればそこには、うんざりするような住宅地の縮図と、その果てに広がる海があった。大海原である。

「うおお~ん。ピャッピョ!」と叫びたくなった。意味は無い。ただ、無の中で時化ていくような情景の先に海があるだけで、いたずらに心が躍っていた。

 俺は坂道を下り出す。その時に奏でる鼻歌は、『カントリーロード』でも『車輪の唄』でもなく、「うおお~ん。ピャッピョ」、これを文字ならぬものに訳した旋律のみである。

・怪奇、不二家

 純朴かつ可憐な俺は、その坂を真っ直ぐ降りれば海に着くものと思っていたが、それは甘い考えであった。そう悟ったのはすぐで、道は何度も何度も屈折し、しょっぼい川の下流と思しきものを何度も横切りながら、俺は気分とは裏腹にゆったりと山を下っていった。

 そうして1時間ほど歩き、ようやく海に着いた俺に出来ることと言ったら、紅茶花伝のピーチティーを握りながら、造山帯への呪詛を吐くことだけだった。

 しばらく足を休めた後、とりあえず海岸沿いを適当にぶらつく。靴に砂が入るのが嫌で、砂浜を歩かず歩道を進んでいく。それにしても、俺は紅茶花伝のペットボトルを早く捨てたかったのだが、自販機の横やコンビニの前にもゴミ箱は無い。海などの観光地に設置すると、すぐに氾濫してしまうということであろうか。

 そう言えば一つ気づいたことがある。俺の目には、生の海よりもモニター上の海の方が綺麗に映るという事実だ。これは写真の加工とかそういう話ではなく、生まれついての飛蚊症が災いしていて、この眼で海原を見てもどうにもクリアに見えてこない。

 半透明の毛糸や、茶畑の地図記号のようなものが気ままに海上を浮いていると言えば、わかるであろうか。心底に腹が立つ。治療できるならしたいが、先天性のものや老化現象のものは治療できぬらしい。弱った。

 弱った俺の目に飛び込んできたのは、海岸沿いに乱立する飲食店の群れである。なかなか内地では見ない名前のレストランが堂々と居を構えており、「こういうのが見たいのだ」と俺は感心して唸る。

 その一つにあったのが、『不二家レストラン』という店であった。どうやら不二家という企業は、気が済むまで菓子を増産し続けるのが主目的な訳では無いらしい。これは本当に意外だった。

 店先で揺らめく旗には、『ハンバーグステーキ』『パスタ』『オムライス』などの文字が印字されている。その癖、やはりと言うかちゃっかりと言うか、ケーキ屋さんまで併設しているのだから器用な事だ。パティシエとシェフの間で抗争など起きていたら面白いのに。

 入店し、俺は不二家のハンバーグというものの未知数さに震えを隠せず、注文した。この時に気付いたのだが、俺はこのごろ他人とコミュニケーションを取ることがなかった故、席の案内や注文時、一体どういうテンションで居ればいいのかをすっかり忘れてしまっていた。

 結果、「ア”……ハンバグ……」と言うような注文をし、まるで人間に擬態して人里にやって来たトロールのような醜態をさらす羽目になった。許せん。

 で、結局『ホイル包みのハンバーグステーキ・ビーフシチューソース』と言うのを頼んだ。1500円と多少の値が張るが、態々こんなところに来てケチをするような人間はトロールにも劣るのだ。

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 意外とよく撮れている。色味が白いが。

 で、味。ハンバーグの部分は正直言って普通だった。普通にうまい、の方の普通だ。内部にミルキーが入っているなど、シェフのお茶目な一手間があれば流血沙汰の一つも起こせたが、普通のハンバーグであった。

 しかし特筆すべきはそんなところでは無かった。真の敵はハンバーグではなく、『不二家のビーフシチュー』であったのだ。ソースとして利用されているビーフシチューの肉が、ハンバーグと歴然の差をつけるほどに激烈に美味かった。噛むごとに脂が蕩け、牛肉のコク・旨味がこれでもかと口中を侵略する。そして繊維に沁みたシチューソースとそれらは薬理的に融合、人体に白米摂取を強制させる毒薬となるのだから恐ろしい。

 なぜ俺はハンバーグではなく、メニュー名にわざわざ『不二家の』と冠されたビーフシチューを頼まなかったのだろうか。やがて、増大する後悔の念が俺の腹と脳内を満たしていき、気付けば昼食は終わっていた。

 そうして、それからの記憶は一切ない。

 いつの間にか家に帰っていた俺の頭に残ったのは、不二家のビーフシチューを喧伝しろと言う何者かからの指令のみ。

 ただ、それだけ……。

(うおお~ん、ピャッピョ)

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