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恋人の話

今日は、恋人の話をしたい。恋人は視力が悪いので家では眼鏡をかけている。最近はやりのオシャレな縁の眼鏡というよりは、昔から大事に使っている眼鏡という感じがするので好きだ。ものを大切にできる人は人間のことも大切にできる。私も乱視で目がよくないので勉強したりテレビを見たりするときには眼鏡をかける。私の眼鏡は最近はやりのオシャレなメガネなのでそれ、度入り?とよく聞かれる。私の眼鏡はこれで三本目。まだ使えるのに眼鏡を二回も買い替えた。恋人がずっとあの眼鏡を大事に使っているのかどうかは聞いたことがないけど、たぶんそうだと勝手に決めつけている。

私の恋人は私の好きな音楽を聴かない。旅行でドライブをしたとき、一日目は彼のプレイリストで二日目は私のプレイリストを流した。彼のプレイリストは、どの曲も聞いたことがあるものばかりでみんな知ってる有名な曲。私のプレイリストは私が見つけた選りすぐりのものたちで彼は一つも知らなかった。運転するのは彼だから、眠くなってしまわないかと焦って、誰かが作った「2023年冬のドライブが楽しくなるプレイリスト」をかけた。別にそれでよかった。彼の知っている曲が流れて、彼が口ずさみ始めたので安心した。私はバンドが好きだし、ライブが好き。音楽番組で流れないようなどこかの誰かに向けられた音楽が好き。チケット代、交通費、グッズ代、莫大なお金をかけて音楽を聴きに行く。私の好きなもの。でも彼にも、彼の好きなものがあることを私は知っている。ライブみたいに跳んだり跳ねたり大声を出してチームを応援する。好きな選手のユニフォームを買って部屋にポスターを飾って、アウェー戦へ行く。彼は好きなものの話をしているときが一番楽しそうだ。彼の好きなサッカーチームのサポーターがチームを応援している動画。彼の家に行くとよく一緒に観た。私は彼に、好きなバンドのライブ映像をこれが好きだと言って見せる勇気がない。だから彼はすごいんだ。自分の好きなものに誇りをもってこれが本当に好きだと思って疑わない。その潔さが心地よかった。彼は自分の好きなものにまっすぐで、正直で、優しかった。私はそんな彼の影響をたくさん受けている。彼がおすすめしてくれるアニメは全部見たし、彼の家のキッチンの、スポンジを壁にはっつけられるやつが便利で真似した。彼が人をからかうときの口癖がうつってそれが私の友達にもうつったので一人で勝手に嬉しくなった。私は彼とお店でご飯を食べるとき、自分の頼んだものと彼の頼んだものが違うと彼のものが一口食べたくなるので、一口食べていいよ、と先に一口食べさせた後、私も一口欲しいと言う。空港でラーメンを食べたとき、私は醬油ラーメンで彼は辛味噌ラーメンを頼んだ。私は自分のラーメンだけで満足していたから、少し食べた後に彼にも食べてもらおうと純粋な気持ちで一口あげるよと言ったのに、先に食べ終わっていた彼は、ごめん!もう食べちゃったよ、と私が一口もらう前提で話を進めてきたのでさすがだなと思った。そういうのでいい、そういうのが幸せだと思う。

二人で夜景を見る、いいホテルに泊まる、休日にだらだらする、二人で共有する幸せほど幸せなものはないけど、一人で勝手に幸せだと思った気持ちのほうが、一人になったときに思い出してもさみしくない。「一人になる」というのは、ただ単にいま一緒にいないから「一人」のときもあるけど、もうずっと永遠に一緒にいられないから「一人」のときもある。だから私は、どんな一人が訪れても生きていくために、自分だけの幸せをこっそり集めている。自分から見た彼、自分を好きだと言った彼、彼の好きなところ、彼に言われた言葉、そういうのって、全部自分の中にあると思うから。いつか彼と別れた時、二人で見た景色や訪れた場所がずっと変わらないなんて保証はない。あそこにあったコンビニがつぶれて、工事現場になって、更地になった後、ここに何があったかなんてすぐに忘れてしまう。私は私が幸せだった時のことをずっと覚えていたい。スマホをなくしても、家が燃えても、地球に隕石が落ちても、こういうのが幸せなんだなあって思ったことを絶対忘れない。私の恋人は、私を幸せにしてくれる人だ。

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