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閻魔大王もさすがに背中を鑿(のみ)で削られれば痛いというお話【羽黒山小話】

刃物を当てられれば痛い

 閻魔(えんま)大王と言えば、死の神や冥界の王など様々な名で称されていますが、ほとんどの絵画や彫刻のような像はどれも叱咤をするような顔つきであり、多くの人は恐ろしく感じるでしょう。
閻魔大王は仏教では菩薩の化身などとして経典に説かれるなどしていて、今も老若男女に広く伝わっています。

羽黒山にも閻魔大王の石像があります。
元々は羽黒山の御坂にあり、現在は正善院の黄金堂境内に安置されています。

 黄金堂の境内にあるえんま大王の石像は、もとは羽黒山のみ坂にあったものである。

『羽黒山二百話』戸川安章著 第六話 えんま大王の石像と西川宮司

 神仏分離令が発令され、盛んに廃仏毀釈(廃仏)運動がなされた明治初期。
神仏混淆だった羽黒山では、出羽神社(現在の出羽三山神社)の宮司にと命ぜられた西川須賀雄によって、急速に神仏分離を進められます。

 閻魔大王の像も例外ではなく、西川宮司の命によって破壊されようとします。しかし、現在も破壊されずに残っているのはなぜでしょうか。

 神仏分離のときに、宮司の西川須賀雄が石工にいいつけて、これを、こわさせようとしたけれども、だれもがおそろしがって、手をかけようとはしなかった。
 そこで、西川はのりとを奏上し、「えんまのたましいをぬいたから、もう大丈夫だ」といった。

『羽黒山二百話』戸川安章著 第六話 えんま大王の石像と西川宮司

 閻魔大王を破壊することをためらう石工を見て、祝詞で閻魔大王の魂を像から抜く、ということを行う西川宮司。もう大丈夫と促されて石工は閻魔大王の像に鑿を当てます。

 石工がおそるおそるのみをあてると、その瞬間、えんまさまがきらりと眼をひからせて、
「いたい」
と叫んだ。
 これには、さすがの西川もきもをつぶして、こわすことをやめた。
 石像のせなかが、すこしかけているのは、このときに、のみをあてたあとだということである。

『羽黒山二百話』戸川安章著 第六話 えんま大王の石像と西川宮司

 壊そうと鑿をあてた石像が喋ったことに大変驚いた西川宮司。このため、閻魔大王の石像は壊されずに済んだという話です。

 その閻魔大王が口を開いたのが、怒りや叱咤の言葉ではなく、「痛い」。まるでその𠮟咤するようなお顔からは想像できない言葉ですね。

 菩薩の化身のような人智を超越した神聖な存在であっても、とっさに出てきた言葉には少し人間味があって親近感が湧きませんか?

歯痛治療の祈願ができる

このえんまさんに香煎(むぎこがし)をあげると歯のいたみがとまるし、クルミの実をくわえさせると、歯が丈夫になるといわれて、今でもたくさんあがっている。

『羽黒山二百話』戸川安章著 第七話 えんまさまに香煎をあげると歯いたみがなおるということ

 人事を尽くしてもなかなか歯が治らなかったり、あるいは健康だけど歯が弱いなどの人が頼れる閻魔大王です。

もっと知りたい

 この閻魔大王や、閻魔大王が安置してある黄金堂境内などについての現在の状況や詳細が気になる方は、正善院にお問い合わせください。

※この話は令和元年度『収蔵資料展 古文書から見る羽黒山の神仏分離』展でパネル展示を行いました。
図録販売中です。詳しくはいでは文化記念館受付・羽黒町観光協会HP 『いでは文化記念館刊行図書購入のご案内』ページまで。

『収蔵資料展 古文書から見る羽黒山の神仏分離』図録