見出し画像

本題その⑧ 娘よりも息子

こんにちは。
いつもお読みくださりありがとうございます。


我が家が、エホバの証人 (JW) の家庭となる以前の 私の幼少期といえば、
衣食住の 物質的なものは与えられていたのかもしれないが、ハグしたり 手を繋いだりなどのスキンシップというものが全く無くて、親の「心的」な愛情を感じる事なく 育ったように思います。

気づけば両親 (特に母) は、いつも怒っていて、私が小学生になる頃には、母=怖い存在 で、私は好かれていない と感じていました。



━━━━━━━━



店の休業日 (食料品を扱う自営業) だった日曜日、ついさっきまで 居間でまったりしていた両親は 突然に豹変し、
「子供部屋を片付けろ!💢」
と声を張り上げて私を叱り、部屋の片付け方がわからない当時6歳の私を 両親は交互に私の頭を 力いっぱい何度も叩き続けた。

すごく痛いし 怖くて、どこにも逃げ場が無い私は いつも大泣きで 赤く目が腫れ、息が苦しくてヒックヒックと過呼吸(?) になってもかまわずに 両親の気の済むまで叩かれた。

いつしかこんな、
怒られる ⏩⏩頭を叩かれる ⏩⏩大泣き
が、私の日常茶飯事となった。


小学3年の時、算数のひっ算 (3桁の引き算) が出来なかった私は、家で店番をしながらの母に教えてもらうのだが、一問一答 間違えるごとに私を叱りつけ、頭を拳で力強く叩き、又 鉛筆の削られていない方のカドで 力強く何度も頭を突いた。
私が
「痛い」と言えば、
「何ィ~? だったら早く覚えな!💢」
と鬼の形相… 更に頭を叩かれた。

私の涙と 余白の部分に書かれた母の字で、算数の教科書はいつも汚くてグチャグチャ。
その涙が乾くと、開いていたページがパリパリに波打って…   学校の授業中ではそれが恥ずかしくて、周りから見えないように 腕で教科書を囲って隠してた。


ある時、学校のテストで90点だった答案用紙を母に渡すと、
「何で、あと10点が出来なかったの?💢 ちゃんと勉強しなさいっ!!」
と叱られ、いつものように頭を力強く叩かれた。

私は 母に褒めてほしくて、ある時 頑張って100点をとった。
学校から帰って その答案用紙を母に渡すと、母は無表情 少し怒り口調で
「こんなの当たり前でしょう?」
と言い、褒められる事なく その答案用紙を私に返された。

私には どっちにしろ、「怒られる」という からくりが仕掛けられていたようだ。



━━━━━━━━


またある時、
うちの店に買い物に来たお客さんが、帰り道に パックに入った玉子を落としたらしく、戻ってきて
「これ、落として割れちゃったから交換して」
と言われた母は 交換してあげるのだが、その愚痴を私は聞かされる。

また、どこかの会社の男性に
「店の壁に、うちの会社の広告を貼らせてほしい」
と頼まれ、「断る」ことの出来ない母は了承するのだが、 その愚痴を私に聞かせる。

こんな頃から、母の愚痴の聞き役も 私の日常茶飯事だった。




だが、S君には違った。

私がされるように 怒鳴ったり、頭を叩いたりすることは無く、両親は 息子のS君を大変かわいがった。

家からすぐ近くの保育園に通う私とS君だったが、活発だったS君の「お昼寝の時間が退屈で嫌」というわがままを 両親は聞き入れ、隣町の私立の幼稚園に通わせる事にし、制服や体操服、鞄など全て新しいものに買い与えた。
……羨ましかった。

また、家族で買い物に出掛けると、
おもちゃ売り場で 超合金の✱✱ロボットが入った大きな箱を手に取り
「これ欲しい、買って買ってー!」
と しつこくねだるS君に、値段が高いなぁ…と ぼやきながらも 結局は根負けして買い与えていた。

そんな調子で、私とS君の共同の子供部屋は、いつもS君のおもちゃで溢れかえっていた。

一方、私のおもちゃなんて買ってもらった記憶がほぼ無い。

S君がいつも高額 (我が家の基準です) な おもちゃをねだっているのを見ていたので、
「私もおもちゃを買ってもらい、親に負担をかけさせてはいけない」
という遠慮の気持ちがあった のもそうだけど、そもそも 私のためのおもちゃなんて 両親は完全にスルーだった。

S君が楽しそうに、買ってもらったおもちゃで遊んでいるその横で 私はいつも見ているだけだった。

こんな頃にはすでに、
S君=愛玩子
私=搾取子

という立ち位置になっていたのだろう。

この立ち位置が 、まさか この歳になるまで有効になるとはね…

「毒親 あるある」だ。

「毒親」は、高齢になっても「毒親」。
その威力は 昔と変わらない… っていうよりか、我が家は のちに「宗教」というオプション付いて むしろパワーアップしてる。





😓💭
《 おもちゃ買ってもらえなかったー って、今も親を憎んでる っていう訳ではないけど(笑)、コレって覚えている事自体が トラウマって事なんですかね? 全部ではないけど、ずいぶん昔の事でも 意外と鮮明に覚えているんです…。 やっぱり私、病んでるわ…(苦笑) 》



━━━━━━━━



最近、 S君から 珍しく電話があった。
久しぶりの会話だった。

S君の携帯に、父から電話があったようで、
「 Hちゃん (私) に電話するけど、出ないんだよね… 」と。
S君が心配して 私に電話してきたのだった。

私は、実家に顔を出す事も 又、電話などの連絡を断っている事を このとき初めてS君に伝えたのだが、丁度いい機会だと思い、両親とのこれまでの近況の出来事や 私の思いをぶちまけた。

S君は びっくりしてた。

だが、そういうS君も 実家には10年?いやそれ以上 全く顔を出していない。
遠方だから というよりは私と同じで、宗教の話を 自分を含め、家族に(勧誘)されるのが嫌なのだろう…と 私は思っている。

ただ S君は、私のように 両親の事を「毒親」と認定する概念は無いようだが、「宗教2世」だった という意味においては、実際のところ どう思っているのかは聞いていないのでわからない。

だけど、父からの電話の時に S君が、

「自分が信じる宗教を押し付けるのは良くない。もう俺もHちゃんも その宗教を辞めているわけで、戻る気もさらさら無い。期待には応えられない」
と伝えてくれた事は、私にとって有難く とても嬉しかった。

かわいい息子からの まさかの発言に、きっと両親は絶望したでしょう……

それからは、私の携帯に 両親からの着信は無くなった。

S君の一言は、効果絶大だ。
助けてくれて ありがとね。







最後までお読みいただき、いつもありがとうございます。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?