吃音症が海外大学に入学するまで【高校入学】#6

さぁゴールが近づいて参りました。

6歳で吃音を発症し、苦しみながらもなんとか自分に希望を持ち続け、高校入学のところまで辿りつきました。

高校では、将来を一旦左右する決断を下す機会が何回かあります。
そのすべてに、吃音が影響します。
それくらい、吃音にはまだ苦しめられていました。
改善している気は全くなかったです。
高校での新たな出会いは、新たな恐怖でした。
また変な目で見られた、馬鹿にされた、恥ずかしい思いをした。
嫌な過去が再び帰ってきた感覚。
また同じだと。何も変わってないと。

ただそんな絶望感に浸る暇もなく、決断の時はやってきます。

まず、というか一番大きな分岐点はこれだったかもですが

海外大学入学を目指すか目指さないか。

私情を通して状況説明しますと。
インターナショナルでは無い、少し特殊な学園に通っていた私で、この時3つの選択肢がありました。
1)海外大学進学コースで、海外大学を目指す
2)海外大学進学コースで、国内大学を目指す(推薦)
3)国内大学進学コースに乗り換え、国内大学を目指す(推薦・センター)
結果として、1と2が併用できるのでそっちに行ったのですが。

自分は小学校から英語をやっていまして、日常会話は問題なしレベルでした。
前にも書きましたが、英語ができるという事実は、しゃべることが苦手な自分に時に勇気をくれました。
まだ自分には生き筋があると、希望を見せてくれました。
これが自分の強みだと。

ただ英語は、言語です。もちろん。
しゃべることが苦手な自分には、豚に真珠のようなものです。
クラス内ではどんどん差が出てきます。
読み書きはちゃんと出来るのですが、Speakingは全然ダメ。
自分から話そうとしないので、経験値上の差も出てきます。

吃音で生まれる「間」を、英単語を思い出すフリをしてごまかしてました。
そんな自分を見て、海外大学に行っても無駄だと思ってました。

海外大学はお金がとってもかかります。
親の覚悟も相当です。公務員ですし。

色んなことを考えました。
海外大学進学コースは、座学だけでなくプレゼンテーションとかディベートとかそういう事も試験の一つとして行われるので、そこで成績をとれるのだろうか。
日本語も喋れないのに、英語を喋ろうとして本当に自分の身になるのだろうか。
読み書きだけのセンター試験の方が自分に向いてるのではないか。

色々ネガティブに考えました。
ただ、決断は割と迷いなく行いました。
親のサポートももちろんですが。

自分は、自分が苦手なものを選択しました。
より苦しい道を選びました。
吃音が足を引っ張る未来を選びました。

親の今までの投資先として、裏切れない。
もちろんこれは理由としてありました。英語教育は費用かさみますから。

単純に、楽しそうだから。
そりゃそうですよね、海外なんてチャンスがあったら即いきますよね。

「もったいない」という考えのもと、この判断は簡単に正当化できます。
ですが、それ以上に自分の意識の中にあったのは

他との差別化

でした。
ここでの心情は、「焦り」に近いかもです。
自分はまだ暗闇の中です。
自分が弱者である認識があり、将来が全く期待できない。
サッカー等の一時的娯楽が終わると、また自分が喋れない現実と向き合う。
そんな中、将来の方が迫ってきて。
どうするんだと。今決めなさいと。
そりゃ焦りますよ。

焦った時の行動パターンは人それぞれだと思いますが。
自分はその時、前を向きました。
どうすればいいのか分からない中で、なにかを今しなければいけない。
なにかとは、良い事なのか悪い事なのか。
どうすればいいのか分からないので、とりあえず良い事をしようとします。

さっき、自分がまだ暗闇の中にいたと言いました。
これは自分が全てに絶望していた、では無いです。
希望を持って将来を見ていました。
サッカーや英語を喋れるという事が、幸福感や優越感を瞬間的に与えてくれていたからです。
そんな希望が、日常的に吃音によって否定されていたから、暗闇の中にいるように感じていました。
その希望とは、自分の強みを作るということ。
吃音が霞むくらい、良い強みをつくる。
具体的には分からないけど、自分のストロングポイントをつくる。

なので、とりあえず良い事をしようとした自分は、自分のストロングポイントに繋がりそうな選択を「焦って」してしまいます。
強みとは、他との差別化です。
横並びで見たときに、秀でているもの。


要しますが、若干15歳の自分は、この時点で吃音克服を一度諦めてます。
一生もんの付き合いになると、覚悟を決めたと記憶してます。

部品不良のポンコツ機械を修理に出すのを諦めました。治らないので。

代わりに、部品不良のポンコツ機械の外装だけを塗り替える事にしました。
ピッカピッカに見えるように。
凄そうに見えるように。
中身は、書いてある日本語を読むことが出来ないカスです。
「海外大卒」「グローバル人材」「困難に立ち向かえる」
そんな形容詞ばかりが、自分の希望だと。

それを理解していた自分は、自身の差別化の道を進みます。
人と違う事をするんだと。
しなければいけないんだと。

海外大学進学という決意は、吃音と共に生きるという覚悟も含まれていました。

高校入学の時点で、ここまで追い詰められていました。
そんな感じで将来を迫られた思春期青年は、難しい未来を歩むことにしました。

さて、入学直前です。
最後にもう一つ、大事なことが起きました。
今思うと、不思議な出来事です。

サッカーを続けるか辞めるか

小学校から大好きなサッカーです。
吃音の嫌な体験を忘れられる、最高のものでした。
放課後は常にやっていました。一人でもです。
中学時代、サッカー部に浸りまくってました。
常にサッカーの事をかんがえて、勉強するふりしてウィイレ2012に没頭してました。PSPの時代ですよ。

とにかくサッカーが大好きで。
そんなサッカーを辞めるつもりでした。

理由は海外大学進学に専念する為です。

通称海外大学進学コースは、かなり大変でした。
理由説明が難しいのですが。
世界規模でのセンター試験、に向けた準備、と考えて頂ければです。
そのテストの点数次第で、ハーバードにも行けます。もちろんです、点数の世界ですから。
そんな試験に向けた勉強なので、とてもハードです。
もちろんすべて英語です。
ライバルは、英語圏で育っている人たち含む全世界の高校生です。
それに加え、試験は座学テストだけではありません。
プレゼンテーション、スピーチ、そういう発表形式の課題も、採点対象です。
ボランティア等の奉仕活動、生徒委員会等の課外活動を、基準時間数以上こなさなければなりません。

一方で、本校のサッカー部はそこそこ強豪でした。
選手権全国大会に一度出場の、県内西部の古豪、みたいな感じです。
なので練習はハードです。
週末も、ボランティアする暇なんてないでしょう。

冷静に考えることが出来ていた自分は、サッカーを諦めます。
サッカーは好きでしたが、下手くそなベンチウォーマーでした。
自分の差別化において、自分の強みにならないなと判断しました。

中学の部活引退後、流れで「高校受験中もボール蹴っていたい人」が入るチームに入り、週2回くらいサッカーしてました。
小学校時代からお世話になっているクラブが運営してたもので、縁もあり、ここで終わろっかと決めてました。
サッカー引退後は、楽なテニス部に入ろうと友達にも話してました。
親にも言ってました。

そのクラブチームの最後の練習の日に、事件が起こります。
チームには、中学サッカー部の奴らも何人かいました。
その一人が、高校も同じで、サッカー部に入ろうとしてました。
そいつは中学時代キャプテンで、実力の差もちゃんとあって、自分でもわかっていたのですが。

最後の練習の日、そいつにコテンパンにされた事が、信じられないぐらい悔しかったのです。

ドリブルで突破できず。
何回かパスとかカットされたのかな。
具体は覚えてないのですが、とにかくボコボコにされて、それがとんでもなく悔しくて。
自分に腹が立って。

このままサッカーを終えるのが凄く嫌になってしまって。
本当に辞める流れだったのですが。
練習後即親に気持ちを言って、case closedになった事件に新展開が起きた感じで家族会議がすぐに始まり。
次の日がたまたま部活志願の日だったので。
海外大学進学があくまで優先事項である事を確認し、サッカー部に入りました。


この時、自分はとっても冷静ではありませんでした。笑
再び、焦ってました。
捨てていた選択肢が急に復活し、しかも期限ギリギリで。
また「焦った時の行動パターン」が発動します。

サッカーを辞める事が、自信を差別化するにおいて最適な判断である、と冷静な判断をしていたつもりでした。
アンパイな判断でした。
アンパイな判断を、他との差別化を図る自分は認めてくれなかったのです。

「今まで、海外大学進学コースとサッカー部を両立できた人は一人しかいない」という文句を、自分は一切見逃してませんでした。

もちろん、単純にサッカーが好きというのもあります。
ただそんな人は過去にもいたわけで、皆、サッカーを辞めるor国内進学へ変えるを選択してたのです。
自分の後輩にも似たような人が5人くらいいましたが、誰も両立の道を選びませんでした。

「焦った時の行動パターン」
自分の場合は、自分にとって良いと思われる選択をしてしまう事。
差別化を図りたい自分は、「今までひとりしかやっていない」事を選択することで、差別化を図ろうとしました。

多分本当の自分は、サッカーをやりたくて仕方なかったのでしょうね。
それを理解しつつも、最適な判断をしようとしてた自分がいて。
そんな自分の中には、差別化を図ろうと奮闘するもう一人の自分がいて。
吃音と共に歩く未来に絶望を自分全員が感じていて。
もうぐっちゃぐっちゃですね。

吃音は、こうも人の考えを捻くったものにしてしまうのです。

自分で考えても、馬鹿らしく感じます。
ただ幼少期から常に足を引っ張り続けてきたソイツの存在は、大きいものです。


高校入学するにあたり、自分は難しい選択を2度してしまいました。
海外大卒を目指すということ。
部活動との両立をするということ。

迫ってきた将来に対し焦った少年は、よりよい自分になる為に、より厳しい道を進み始めました。
よりよい自分になる為ではないですね。
よりよい自分に見せる為です。

ポンコツ機械の旅は続きます。

そしてこの2つの選択が、結果としてそのポンコツを救うことになります。

それでは
高校入学します。

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