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大冒険が始まった

瀬戸内海に面した町に生まれ育ち、進学で上京した。
住まいは父の学生時代からの親友の近所。
安全牌ってのですかね。
だがね、父上。
ここなら!と決めてくれた住まいは新宿駅からバス利用で10分程。
拠点が新宿・・・・・ニヤリ。
笑うしかないでしょ、これは。

入学式を待つ間に整えられた私のお城。
すべての物が共用ではなく、自分だけの物で新品。
私のテレビ、私の冷蔵庫、私のラジカセ、ドライヤーetc
嬉々としている私を横目に父はメモ帳に「約束」を書けと言う。
山手線で降りてはならぬ駅名。
一人で行ってはならぬ場所。
あれやらこれやら。
次から次へと繰り出される約束事。
商売を営む環境で育ったので取り柄とされていた愛嬌も
諸刃の刃だと有難きお説法をいただく。
押し黙って頷きながら真面目なフリして書き続けた。
神妙に話を聞くフリを努めた。
気を緩めると「クックックックッ」笑いが脳内充満中なのがバレる。
ちびまる子ちゃんの野口さん的な前述したニヤリだね。
珍しく自分の言いつけに反抗しない娘に翌日帰路に着く父は命じた。
「いつも持ち歩くカバンに入れておけ」


新宿駅西口改札で見送った父の背中はすぐに人波に消えていった。
開放感半端ないワクワク感いっぱい。
初日だし「寄り道をしてはならぬ」は守ってみるか。
せめてものお礼の気持ちですよ。
ではでは私だけのお城へいざ、参ろうではないか。
・・・振り返って驚く。
どっちから来た??
いきなり、これか?と自分でもビックリ。
待て、まずはクールダウン。
落ち着こう。思い出すんだ私。
歩いている時にすれ違った洒落た人は覚えている。
あちこちに貼ってある旅のポスターとか、
自動販売機で売っている目新しいジュースとか。
だが、どこをどのくらい歩いたのかが不明。
周囲を見渡してみる。

「おおっ!!」
視線の先に交番発見。
でもね、おまわりさんに助けてもらうのは最終手段。
交番という保険を携えて気は大きくなる。
ま、いっちょ冒険といきますかな。
そのうちにこれだと直感が導く階段を見つけられるだろう。
だって、階段は逃げないもん。
背筋を伸ばして人波のテンポに合わせて歩を進める。
注意深く見ているが導かれないのよね。
ピンとこないの。
そうこうしていると矢印が東口を示す看板が見える。
いえいえ、バス停は西口なんですよと来た通路を戻る。
献血のバスが停まっているロータリー前で立ち止まる。
辺りがぐるぐる回って見える。
なのに意地でも見つけてやると思い始める。
目指すほどに目的地からどんどん遠ざかる。
自分自身が罠となる恐ろしさにも気づかずに。

とりあえず地上に出る作戦に切り替えよう。
見覚えのあるバス停があるだろう。
バス・・・田舎のバスは後ろ乗り前降り。
整理券を取り、降りる時に表示されている料金を支払う。
前乗り後ろ降りの都バスに新鮮さを感じた。
それ以外何ひとつ記憶に無い。
大丈夫なのか?私。
世間知らずゆえの危機管理能力皆無。
「どうしょう」と不安の連鎖に巻き込まれる前に
「どうにかなる」と開き直る。
イタい目に遭ったことは一旦都合よく忘れる。
学びのない連鎖で成り立ってるなあ、私。

さて、そうなると勢いが必要。
気分を上げ上げにせねば。
脳内BGMに昭和の名曲365歩のマーチを選曲。
ワンツーワンツー、レッツゴーレッツゴー。
夕暮れから夜景広がる夜を迎える頃、
2時間半近い行進は膝ガクに襲われ終わりを迎える。
もうね、どっかに座りたい。

こうなったら保険を使うしか無い。
交番にレッツゴー。
初めて交番に入るからなんだかドキドキ。
おまわりさんにまずはアイコンタクトでこの緊急事態では
武器と判断した愛嬌を振りまく。

「どうしましたか?」
「進学で上京したばかりでバス停の場所がわからないんです」
「どこ行きかな?」
「・・・・・あれ?」
例のメモ帳には書いた。
バスの行き先も降りるバス停も住所も。
父の親友の電話番号も。
見れば分かるので覚えていない。
メモ帳はいずこ。
あ、通学用に買ってもらったバッグに入れたわ。
ちょうどいい前ポケットが有ったのよね。
やれやれ。
こりゃ困った。
どうしましょうかね。

窮地に名案というのは浮かぶもんですね。
買ってもらったバスの定期券見れば良い。
ジーンズの後ろポケットから取り出した定期券を見てびっくり、
こりゃびっくり。
田舎の定期券と違って路線もバス停も載っていない。
こんな罠が潜んでいるとは、都会すごいなどと感心している場合ではない。

残された手段は、実家に連絡の一択。
なんだか不審げな視線を感じつつ、その旨を伝える。
「何番かな?」
おまわりさんが受話器を持ち上げたところで気づく。
進学で上京→未成年。見るからに迷子。
終わったわ〜と思った。

飛行機と車を乗り継ぎ帰り着いた父は3時間前に別れ、約束を守っているはず娘の名を新宿駅西口交番からの電話で聞くこととなった。

世間知らず&方向音痴の冒険第一夜目。
受話器越しに延々と続く父の怒りの説教でエンディングを迎える。
当時の黒電話の受話器って重い。
枕にうまいこと乗っけて横になってると眠くなるよね。
いっぱい歩いたしね。
お説教は子守唄となり寝落ちした。

さあ、大冒険はこれからだ!


後に子を持つ親になり、当時の父の心情を思うと大変に申し訳なく思った事は記させてもらっておこう。
私に似ていなくて良かったわとしみじみと思った。
おい!(父の声)


次回の冒険談を楽しみに待ってくれると嬉しいな。
では、また。


















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