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【ショートショート】「じつはね」

※この話は、エブリスタの超・妄想コンテスト 第94回「発覚」(2019年2月)応募作品を改稿したものです。なお、エブリスタはその後退会しましたので、現在アカウントはありません。
 最近は、こういった短編はあまり書かないので、ここnoteでの葉月の作品では、珍しいタイプの話だと思います。



「うえっ?!」

 俺は慌てて机の上のデジタル時計を手に取った。窓の向こうの青空とデジタルの表示とを見比べる。
「どうかしたの? 変な声出して」
 コタツでマンガを読んでいた妹がこっちを向いた。
「この時計、めちゃくちゃ進んでやがる。まだ昼間だってのに20時になってんだ」
「なーんだ。合わせればいいだけじゃん」
「まあな。それにしても、なんでこんなにズレたんだろ」
大学に合格して一人暮らしするのが決まったときに、父さんが買ってくれたやつ。「お前はどうもズボラなところがあるから電波時計にしておけ」とか言われたんだよな……ん?

「なあ」

 またマンガの続きを読み出していた妹に俺は声をかけた。
「電波時計って、勝手に時間を合わせてくれるんじゃなかったけ?」
 妹はきょとんとしている。
「……そうなの?」
「そうそう、ナントカ研究所みたいなところが正確な時間を電波で発信してて、その電波を受信して勝手に時間を合わせるはずなんだよな」
「ナントカってなに。お兄ちゃんもよくわかってないんでしょ」
 彼女はけらけらと笑った。
「うるさい。とにかく、そういうもんだから、こんなにズレるのっておかしいんだってば」
「えー、どうせ寝ぼけてるときに自分で叩いたりとかしたんじゃないの?」
 たいしたことないように妹は言うが、俺としてはなんとなく気にかかる。
「なんか変な気がするんだけどなぁ……」
 俺が口をへの字に曲げて、うーんと考えてたら、妹が上目遣いで切り出した。

「じつはね」

「なんだよ」
「あたしがイタズラしたんだ」
「え?」
「お兄ちゃんがびっくりするかなーと思って」
 俺は口をあんぐりさせて妹を見た。彼女はぷぷぷと笑いをこらえているようだ。
「お前ってやつは。めんどくさいことしやがって。」
「ごっめーん」
「どうやって直すんだよこれ」
「適当にいじったからわかんない」
「もう、いいよ。トリセツ探す」
 俺は電波時計の取扱説明書を探すことにした。確か、引き出しのどれかに入れたと思うんだ。ああもう、こいつってば、こんなイタズラするようなキャラだったっけ。まったく。
 俺は、コタツでマンガを読みながらクスクス笑っている妹の方を見た。1Kの部屋はたいして広くない。一人暮らし向けの部屋だから。
 あれ? キャラがどうこう以前に……

「なあ」

 彼女は顔をあげた。
「……お前、いつから、なんで、俺んちにいるんだっけ」
「はあ? どうしたの、お兄ちゃん。ちょっと遊びに来ただけだよ?」
「だよな。でも」
「待って! このマンガ読んじゃいたいんだ。面白いよねー、これ」
 妹はまた続きを読み出した。俺はまた別の引き出しを開けて、ごそごそ探しながらぼんやりと考えた。そうだった。こいつはちょっと遊びに来たんだよな……? いや待てよ。

 そもそも、俺に妹って、いたっけ?

 バッと、俺は振り返った。彼女はそっとマンガを閉じ、静かに立ち上がった。
「あーあ、気づいちゃったか」
「お前……いったい」
「なんて言ったらいいのかな。あなたたちからすれば『宇宙人』っていうのがいちばん近いと思う」
 なんて言ったらいいのか、ってのは俺もだ。頭がついてかなくて何も言えやしない。

「じつはね」

彼女は真っ直ぐに俺を見つめた。
「この星に生息する『人類』のサンプルを取ることになってね。あなたはその無作為に選ばれた『人類』の一人というわけ。あなたの住んでいる空間ごと私たちの管轄下へ移して、ちょっと観察させてもらってました。電波時計がズレちゃったのはゴメン。なんか違う電波拾っちゃったみたい。元の電波に合わせておくね」
 彼女の体が白く発光し始めた。
「私はあなたの『妹』という設定で、いろいろお話しさせてもらったの。短い間だったけど、けっこう楽しかった。『マンガ』も興味深かったわ」
 白い光の輪郭がぼやけていく。それは、すでに人のカタチではない「何か」になっていた。
 彼女(?)らはなんのために地球に来たんだろうか? いやいや、そんなことより、秘密を知ってしまった俺は、もしかして消されちまうんだろうか。

(あ、それはナイナイ。それこそマンガの読み過ぎだよぉ。データを取らせてもらっただけだし、元の場所にちゃんと戻すから)

 もう「何か」が話している言葉は途中からわからなくなった。だけど、なぜか何を言っているのかはわかった。

(ばいばい。「お兄ちゃん」)

 *  *  *

 あれ?
 机の引き出しが開いてる。俺は何を探してたんだっけ?
 しばらく考えたけど、思い出せない。

「なあ」

と、俺はコタツの方を振り向いた。もちろん誰もいない。俺は自分で自分にビックリした。

 いったい俺は誰に声をかけようとしたんだろ?


END

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