課題の分離

「聞き方の一流、二流、三流」 松橋良紀さん著
「自己満足ではない『徹底的に聞く』技術」 赤羽雄二さん著

安心感

昨日はClubhouseの赤羽雄二さんの「なんでも相談カフェ」に入って、金曜日の診察での主治医の言葉のことについて相談しました。私の頑張りとかを全く受けとめることなく、「暮島さん、テンション高いね」という言葉をかけてきたことについてです。

赤羽さんは、とても驚かれて、「それはひどいですね」とおっしゃいました。そして、「主治医の言葉に反応して、落ち込んだり、怒ったりしても仕方ない。新種の昆虫を見つけたように思って主治医を観察すればいい」「こちらから主治医をアクティブリスニングするような気持になったらどうですか?」ととてもユニークなアドバイスを下さいました。なんだか心が、ほんわかと温まりました。

それから、私のカウンセラーの妙さんが、私の家に遊びに来てくださいました。一緒におうどん屋さんに行って、おうどんを食べて、私の部屋で紅茶を飲んで、お話しました。

妙さんと一緒にいると、私はとても安心感を感じます。今日も安心感を感じて、眠ってしまいました。

ホッとできる人間関係って、とても大切だと思うのです。心の安全基地と言える人間関係。

そんな安全基地づくりを私と妙さんはCrossroadsという活動で続けています。今日はCrossroadsのチラシを貼りに、国際交流会館に行ってきました。国籍も年代も性別も、バックグラウンドが違っても、お互いを受け入れて認め合い、楽しい時間を過ごせる場を提供したいと思って頑張っています。


課題の分離

「聞き方の一流、二流、三流」で学びたいです。

「人を助けるために奔走している人は多いです。自分の貴重な時間を削り、ボロボロになりながらも人のために尽くしてしまう人は、メサイア・コンプレックスかも知れません。メサイア・コンプレックスとは、誰かの救世主(メサイアになることで、自己肯定感の低さ、劣等感、無価値観、罪悪感を消し去りたいという心理状態のことをいいます」

「純粋に人を助けたい人と違って、メサイア・コンプレックスで援助する人は次のような特徴があります。

・他人を救うことで自分を救いたいので、他人の問題に介入したがる。
・感謝されないと不機嫌になったりする
・自分の助言に従わないと、とても腹が立つ
・自己犠牲をして疲れている

「もしあなたが、援助することに疲れを感じるとしたら、『相手を変えようとしている』からかもしれません。
その深層心理には『相手は 自分より未熟。相手は自分より劣っていて低い立場』という評価やジャッジがあります。すると、自分が出した結論を押し付け、アドバイスをします。そして『せっかくアドバイスしているのに言うことをきかない』と疲弊します。

他人を救うことでしか自分を満たせないと、この悪循環にはまってしまうのです」

「一流は、押しつけやお節介をしません。なぜなら、他人の課題と、自分の課題を分離しているからです。アドラー心理学ではこのことを『課題の分離』と呼びます」

「メサイア・コンプレックスを持つ人は、幼少期より親の期待のために生きてきたのかもしれません。ですが、あなたは、親の期待のために生きる必要はないのです。そして親となったあなたの子供も、あなたの期待のために生きる必要はないのです」

「ゲシュタルト療法の創始者フリッツ・パールズの「ゲシュタルトの祈り」の一部を紹介します」

「私は私のために生き、あなたはあなたのために生きる。私はあなたの期待に応えて行動するためにこの世にあるのではない。そしてあなたも、私の期待に応えて行動するためにこの世にあるのではない」

「期待に応えるために生きていかなければならない人は存在しません。あなたも同じです。誰かの期待に応えるために生きる必要はありません。あなた自身のために生きてください」

「一流は、課題の分離をする」

この「課題の分離」、私はとても苦手です。すぐに他人の問題を自分の問題のように捉えてしまうし、自分の言動に対しての相手の反応がとても気になってしまいます。

松橋さんのおっしゃるように、「相手を変えよう」としているのかもしれません。ゲシュタルトの祈りにあるように、誰かの期待に応えるためにではなく、私は私自身のために生きていこうと思いました。


アクティブリスニングは敵を味方にする

自分と違う考えの人はいます。私を否定する人もいます。みんな違っているし、違う考えを持って生きているのだから、意見が食い違い衝突するときもあります。それは仕方ないことです。

赤羽さんは、そんな風に自分と衝突する人、自分の「敵」をアクティブリスニングは味方にするとおっしゃっています。

「あいつは嫌いだと思っている人が誰にも1人や2人、あるいはもっといるかも知れません。口など絶対に聞きたくない相手です。相手も同じように思っているはずです。ただ、それが本当に敵なのかといえば、そうではなくてちょっとした行き違いで敵対視していることも多いはずです」

「いったんだまされたと思ってそういうこれまで「敵」だと思っていた相手の話も是非聞いてみてください。長年の不快さがすっと消える場合もありますす。そのほうがずっと気持ちよくなります。確実にストレスが減ります」

「ただもちろん、話を聞くことで『負けを認めたね』とつけ上がった態度をとる人もいます。ゲスで、マウンティングするタイプの人ですね」

「そういう場合、我慢してアクティブリスニングを続ける必要はありません。アクティブリスニングを含むこちらの人間力と、相手の人間性を考えると、まだこの人には通用しないんだと判断すればよいと思います。さっさと引き下がりましょう」


分かり合えない人もいる

赤羽さんのこの、「アクティブリスニングを含むこちらの人間力と、相手の人間性を考えると、まだこの人には通用しないんだと判断すればよいと思います。さっさと引き下がりましょう」という言葉は、今の私にとても響きました。

私の送ったメッセージの中で、私が使った言葉が原因で、ある人とトラブルになってしまいました。

昨日その人と直接対話する機会を得て、謝罪したのですが、私の謝罪を受け取ってもらえず「どうして、そんな言葉を使ったのか?真意は何か?」と言われてしまいました。

私は自分の謝罪が伝わらない悲しさと、もどかしさと悔しさを感じました。そして、体が震えました。

「あーこれ以上話しても無駄だな」と思い、その人と話していたZoomから出ました。その人を傷つける言葉を発してしまいそうだったからです。

「分かり合えない人もいるんだな」と、私は思いました。それは、新たな学びと気づきでした。

全ての人に自分を理解してもらう事なんて不可能です。素行に労力を注ぐのはもったいないです。

私は、私を理解してくれる人、忖度なく私を認め好きでいてくれる人と付き合って生きたし、そういう人が困っていたり、悩みを抱えていたら寄り添いたいです。

「聞く力」について、松橋さんの「聞き方の一流、二流、三流」と、赤羽さんの「自己満足ではない『徹底的に聞く』技術」で学んできました。どちらも本当に素晴らしい本で、とてもたくさんの気づきを得ることができました。明日からは違う本で学んでいこうと思います。

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。


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