(BL小説)旅の終着 第二話

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 帰り際、詠心は輝信に曲の礼にと金を持たされた。詠心は頭を低くして有難く頂戴する。
「なあ、もう遅い時間だが本当に帰るのか? 泊まっていく気はないのか?」
「ええ。何度も申し上げていますが、帰らせていただきます」
「そうか。気いつけろよ」
「はい。有難う御座います」
 真夜中だというのに輝信は都の宿屋まで詠心を見送った。まるで親しい友人であるかのように手を振って立ち去る輝信は悪い人ではないだろう。むしろ詠心にとってかなり好印象だった。
「輝信様がお呼びです」
「またですか」
「我が主の我儘に付き合わせてしまい、申し訳ありません」
 輝信の家臣は深々と頭を下げた。初めて会った日から輝信はほぼ毎日詠心を呼び出し、『白勢の鬼神』を演奏させていた。その度に金や書の写し、食べ物などを持たせる。腹は常に満たされるようになったのと、学問の知識が増えてきたのは良い。だがいい加減金の保管に困っていた。輝信と違って詠心には護衛がいないのだ。今では都の外れや、都から少し離れた場所に住む貧しい者に配り歩いている。
「えーしん、行ってらっしゃい」
 いつの間にか懐いた童女、千里(ちさと)が詠心に手を振る。時折遊びにきてちょこちょこと詠心の後をついて歩くのだ。千里の頭を撫でてから輝信の遣いの家臣と共に屋敷に向かった。
「失礼致します」
「入れ。ほらそんな隅に居ねえでこっち来い」
「はい」
 輝信は自分の隣に座るように言う。そしてやはり『白勢の鬼神』を求めた。
「たまには他の曲は如何でしょうか」
 詠心は以前に何度かそう聞いたが、輝信は首を横に振るだけだ。白勢の鬼神こと、白勢頼隆をどう思っているのか気になって訊ねた。何度か会った事があるんだろうな、くらいの気持ちだった。
「設楽様は白勢頼隆様に特別な思い入れが?」
「惚れた。俺の想い人だ。まぁ、もうこの世にはおらんがな」
「それは……存じ上げております」
 輝信は伏し目がちにふっと笑った。いつもは白い歯を見せて大口で笑う輝信を見ている詠心にとって新鮮な表情だ。笑っているのに何処か寂しげだった。詠心は声を掛ける代わりに黙って龍笛を構え、体の向きを変えて目を閉じて笛を吹く。その曲は今の輝信の雰囲気を感じ取り、それに最も近い曲を奏でているのだ。他者の心境の代弁、或いは慰め、或いは共感。人の心をうたう――これが詠心の語り方であり、『作品』であった。
 終わって部屋が静かになってから、輝信が訊ねる。
「それは何だ?」
「『追憶』……誠に勝手ながら、貴方様の御心を奏でさせていただきました」
「なるほど」
 それからまた暫く輝信は物思いに耽っていた。そしてぽつりと呟く。
「まあ、過ぎた事を言ってもしゃあないわな」
「左様に御座います。命ある者は時の流れには逆らえませぬ」
 この方の為に腕を磨いて、何度でも奏でよう。都に戻ってから詠心は輝信の去った方を振り返ってそう決める。
 だが、やがて輝信の気持ちが自分に向くなど、今の詠心には夢にも思っていなかった。

第三話は明日、7月10日午後公開予定です


原作はこちら

『非天の華』著 : 葛城 惶

原作…葛城 惶さま(@1962nekomata)

表紙…松本コウさま(@oyakoukoudesu1)