(BL小説)笛の音の邂逅 第六話

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 ドン、と輝信は尻餅をついた。詠心に突き飛ばされたのだ。詠心は一瞬怯えた顔を見せ、そして慌てて輝信に詫びた。
―そう上手くはいかねえか―
 予想はしていた。そんな簡単に事が運ぶなら詠心は遠の昔に輝信に抱かれていた。
 詠心は嘘を吐いていたのではない。生真面目で根が正直な質だから、本気で輝信に自分自身を捧げようとしていた。だが、身体が拒んだのだろう。詠心は申し訳なさそうに肩を落とした。
「申し訳……ありませぬ」
 詠心は必死に言葉を探し、輝信に投げかけた。だがそれらは輝信の耳には入らない。拒まれた驚愕よりも今にも泣き出しそうな詠心の顔が心に刺さる。
―そんな顔をさせたいんじゃねえんだよ―
「設楽様、あの、私は」
「いや、いい。言うな。あんたがまだ俺に抱かれたくねえのは分かった」
「そんな、そのような事は――」
 詠心が食い下がるのを輝信は手で制す。これ以上は見ていられない。
「今日はもう十分だ。その代わり、あんたは誰のモンにもなるな。誰かのモンになるなら俺のだ」
「……畏まりました」
「だから今まで通りでいい。触れられたくねえなら避ければいい。俺に抱かれたくなけりゃ躱してくれていい。俺はあんたの心が欲しい」
「私は設楽様にそのような感情は抱いておりません」
 まだぎこちないが、詠心はやっと微笑んだ。そして深々と輝信に向かって頭を下げる。そして部屋を後にした。
―惜しい事をしたな―
 一人きりになった輝信は「はああ」と大きな溜め息を吐いた。期待していなかった、と言えば嘘になる。立ち去ろうとする詠心を追いかけたい気持ちを必死で抑えていた。今日くらいは詠心が嫌がっても抱く権利はあった。だが輝信が最も欲しいのはそれではない。詠心からの想いが欲しいのだ。だからって格好つければ格好つける程、自分が格好悪くなっていく気がする。だが真っ直ぐ堂々と想いを伝える他にどうしようもない。輝信の気持ちだけが募って、少しも伝わる気配が無い。輝信はもう一度溜め息を吐いた。
 それでもまた翌日、変わらずに呼び出しては笛を吹かせた。そして今までと態度が変わらぬ詠心に少しほっとしたのだった。

第七話は明日、7月5日午後公開予定です


原作はこちら

『笛の音の邂逅』著 : 葛城 惶


原作…葛城 惶さま(@1962nekomata)

表紙…松本コウさま(@oyakoukoudesu1)