バイト先のHさん

16歳の時にクリーニング屋さんでアルバイトをしていた。
夕方から夜のシフトには、20歳から25歳くらいまでのお姉さんお兄さん達がいて、みんな優しかった。

私はその中の一人、バンドをやっているフリーターのお兄さん、Hさんに恋をした。20歳で、金髪で、笑顔がかわいい人だった。金髪の長い前髪の隙間から見える黒い瞳。目が合うと吸い込まれそうだった。残業中に鯛焼きやアイスをおごってくれた。松本大洋を教えてくれた。

バンドではベースを弾いていると言っていたけれど、そういえば、どんな音楽をやっているのかは知らない。

今だったら、音楽をやっている人ならスマホに自分の曲が入っていたり、YouTubeに上げていたりして、すぐに聴けると思うのだけれど、当時はまだ携帯電話でもなくPHSとかの時代で、曲を聞かせてもらうハードルが今よりも高かった。

それにしたって、MDとかはあった訳だし、
「どんな音楽やってるんですか?」とか「ライブ見に行きたいです」とか言って関係を深めたら良かったのに、と今振り返ってみたら、思うけれど、高校2年生だった私には、そんなアプローチの方法は何一つ思い付かなかった。

16歳から見る20歳はとても大人で。
「自分みたいな子ども、どうせ相手にされない」という諦めもあったと思う。

それでも、生意気で世間知らずだった私は、タメ口でしゃべっていて、ある程度対等なつもりだった。

Hさんがバンドをやっていると知ったときには、ノリでツッコむようなニュアンスで、
「バンドやってる人って、勘違いしてる人多くない?」と言った。

自分がカッコいいとか、才能があるみたいに勘違いしている人は、サムイ、ダサいと思っていたのだ。一生懸命な人をあざ笑う方がよっぽどダサいのだけれど。

生意気な高校生の発言に対して、Hさんは「勘違いしないとやってらんないっしょ」と言って口角を上げた。

漫画の主人公みたいにかっこよくて、背景に薔薇が見えそうだった。

そうか!勘違いをしている自覚があるのか!という衝撃と、自覚を持って勘違いするのは覚悟があってカッコ良いなあという想い。

勘違いすることって素敵だなあと思った。

その後、Hさんがバンドで成功したのかどうかは分からない。実家の山形に帰ったらしい、とずいぶん昔に聞いたような気もするけれど。
今でもカッコよく勘違いしたまま生きているだろうか。

少なくとも、私の記憶の中ではずっとカッコ良いまま生きている。






最後までお付き合いいただき、ありがとうございます。

それでは、今日も無理せずがんばろう〜

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?