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贅沢な音と映像に浸る至福。映画「君たちはどう生きるか」(注:ネタバレ感想)

https://www.youtube.com/watch?v=t5khm-VjEu4&t=2

評価が賛否両論なのとポスターのアオサギの絵が刺さらず二の足を踏んでた「君たちはどう生きるか」。海外版の予告編観て、「あれ?面白そうじゃね」となったのと、なんか急に映画館行くマイブームが訪れたので、駆け込みで観てきた。

いや〜、面白かった! 
まず冒頭のシーンから、火事で舞う火の粉や、木造建築での火事の怖さが見事に描かれ、恐ろしいのに魅入られるような美しさで、最初からぐっと世界観に引き込まれ、あとはずっと眞人の旅に同行してた感じ。
宮崎さんの作品の中で一番好きかもしれん。
ちなみに、1位「ナウシカ」、2位「千と千尋」、3位「紅の豚」がこれまでのマイフェイバリット。他は映像や音楽は好きなんだけど、話はまあまあ好きくらいな感じ。

「君たちはどう生きるか」の話に戻すと、映像が美しいのはもちろんなんだけど、直前に観た「ゴジラ-0.1」でつっこまずにいられなかった灯火管制(ランプにかけられた黒い布)がさりげなく描かれていたり、東京の街並みや、乗り物のリアルさ、枕に使われている当時の流行りの布の模様や、大根飯など、ともすれば「和洋入り混じったファンタジーだから」で逃げられそうな細部がしっかり作り込まれてるところに、「そうそうこういうところだよ」と感動。
多分「火垂るの墓」やったときにここらへんの時代の資料はさんざ集めたんだろうけど、それを手を抜かずに盛り込み、さらに映像美に昇華してくのはさすがとしか言いようがない。
そんで、宮崎さんは本当に光と影の使い方が本当に上手い。水に映ったアオサギの姿や、トンネルに灯るランプが、ドキドキさせてくれる。
それに音がとにかく豪華で豊か。屋敷を歩く時の軋む床の音や、様々な扉の音、そしてお茶の音もちゃんと温かいお湯の音。多分目を閉じて音だけ聞いても楽しめるはず。

で、分かりずらいって聞いてた世界観は私的にはそうでもなかった。
だいぶ乱暴に言えば妖精の世界を選ばなかった少年版の『パンズ・ラビリンス』かな。もしくはウサギじゃなくて、アオサギに誘われた『不思議な国のアリス』。

不気味なアオサギに誘われ、火事で亡くなったはずの実母と森に消えた義母で妊婦のナツコを探しに、地下の世界に行く少年の話。

叔母のナツコは、途中に鏑矢を射ってアオサギを追い払うシーンがあったり、母の生家である疎開先の大屋敷はわりと不思議なことを不思議なこととして受け入れてるところを見ると、母方は巫(かんなぎ)の家系なのかなと。
そしてこの手の「あの世とこの世の境を行き来する話」では、必ず「見るな」「振り返るな」「触るな」「食べるな」「持ち去るな」などの約束事を課せられる。
「古事記」では、黄泉平坂まで迎えにきたイザナギに、イザナミは黄泉の国の食べ物を食べたために帰れないと告げる。さらに決して見てはいけないと言われた姿を見たためにイザナギはイザナミの恨みを買う。
ギリシャ神話では、冥界のハデス王に連れ去られたペルセポネは冥界のザクロを3粒食べてしまったために、迎えにきた豊穣の女神である母デメテルと帰れなくなってしまった。そのため、一年のうち3ヶ月を冥界で、残りの期間を母の元で過ごすことになる。
また、死んだ妻を迎えにきたオルフェウスの嘆きの琴の音に感銘したペルセポネに懇願され、エウリュディケを地上に連れ戻すことを許したハデスも、「地上に出るまで決して妻の方を振り返ってはいけない」と言い渡す。しかし、オルフェウスは地上に着く直前に、嬉しさのあまり妻の方を振り返ってしまう。その途端、妻エウリュディケは冥界に引き戻される。

「千と千尋」でも、ラストで千尋と両親が現(うつつ)に戻ることを許される時には、この見るなのタブーを課せられてた。
また、「千と千尋」と「パンズ・ラビリンス」には、「食べるな」のタブーを犯すシーンもある。「千と千尋」の両親は神様の食べ物を食べて豚になる罰を受け、「パンズ・ラビリンス」の少女オフェリアは妖精の世界に帰るための二つ目の試練で、ふた粒のブドウを食べて妖精の国に帰る資格を一旦失ってしまう。

ただ、主人公眞人は厳密に言うとこのセオリーに当てはまらない。「食べてる」し「触ってる」し「持ち帰ってる」。タブーを犯しても意外と平気なとこを見ると、やはり母方の巫の血、普通の人間ではないのかもしれないと思う。
学校に行きたくないために自作自演して石で頭切った時は、ちょっと勢いありすぎて医者に縫ってもらってたり、行儀のいい仮面を被ってるけど、年相応の男の子らしく反抗的な面もある。
根底には実母を失った喪失感や、母とそっくりの母の妹を新しい妻に迎える父への反発があり、新しい母を受け入れがたい少年、そしてその少年との関係を悩む義母、それぞれの絆を結び直す物語でもあった。

美人姉妹を妻にした眞人の父親は、びっくりするくらい俗物。だが俗物だからこそ、ともすれば飛んでいってしまいそうなナツコや眞人を地上に縫い止める重しになったのかもしれない。
浮世離れした大叔父は閉じられた桃源郷を守るために、眞人を後継者にしようとしていたが、眞人自身が俗世を帰ることを選ぶと、背中を押してくれた。

こっからはとりとめない雑感。

映画の中には、アオサギの他に、ペリカンやインコも出てくる。
ペリカンはキリスト教では象徴的な鳥らしいが、この世に生まれる前の魂と思われるワラワラを食べる業を背負ってたり、異常に繁殖してしまった雑食インコたちは人も食べるのが面白い。

若いキクコさんは、自分のことを「オレ」と言ってたが、地元の一部のおばあちゃん達も「オレ」って使ってた。「オレんちの畑」とか。

ワラワラが月夜に飛び立つシーンで、キクコさんが最近はあんまり飛べなかったみたいな話をしてたが、戦時中で生まれる子供が少なかったからなのだろうか?

一個だけ気になったのは、義母であり叔母であるナツコが眞人の手を引いて、お腹の子の様子を探らせるシーンが最初の方にあるが、「いや、帯の上からじゃわからんよ」とはちょっと思った。

タイトルは海外版だと「少年とアオサギ」。ディープな海外ファンは反発してたけど、アオサギは蘇りの象徴だそうで、「少年とアオサギ」の方がしっくりくる気がする。

あと、英語版の声優が豪華すぎるので、いつか観たい。


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