蜂末新
職業訓練のレポです。
このころは、毎日主治医の先生が病室に訪れて、名前、年齢、ここはどこかを訪ねていった。 年齢はずっと曖昧なままで、退院時にOTで書いていたプリントを見直したら、すべて一歳上の年齢を書いていた。 リハビリはたぶん一日1単位づつで、OTとPTがあった。 心理も時々あったような気がするけれど、よくわからない。 リハビリの時間になると人が迎えに来てくれて、車いすに乗せられて下の階にあるリハビリ室に連れていかれた。 PT(運動療法)は台の上に横になって足を押してもらうことから始
入院直後に渡されたノートに何も書いていないことが母親にばれる。 「何も書くことがない」と親に言った記憶があるので、リハビリは始まっていなかったのかもしれない。 親に促されたのか、17日から書き始めている。(もしかしたら17日にノートを渡されていたのかもしれない。あまり記憶にない) 遠方の地方に住む母方の親せきがお見舞いに来てくれたことが書いてあった。この親戚からはディズニーツムツムのぬいぐるみをお見舞いでもらった。 このあたりは視神経が血腫で伸びていて、物が二重に見え
毎日誰かしらがお見舞いに来てくれていた。 就職で別の県に住んでいる妹が1週間後くらいに休みを取ってお見舞いに来てくれた。 そのときムーミンとミイのぬいぐるみをもってきて、後ろ手に隠して「なんのぬいぐるみでしょう」と聞いてきた。 私は「ジバニャン」と答えたらしい。 それを聞いた父が、ジバニャンのぬいぐるみを買ってきてくれた。 それを見た彼氏が、家に置いてあったコマさんとコマじろうのぬいぐるみを持ってきてくれた。 たぶんこのころだと思うけれど、リハビリが始まった。
私はもう5年近く髪を染めていなかったのだけれど、自分の髪が黒くなっていることに気づくと、「病院の人が黒染めしてくれたんだ」と勝手に納得した。 同じようにもう何年もコンタクトレンズをしていなかったのだけど、病院の人がコンタクトを外してくれていないと思って焦ったりした。 私の脳にできた傷は、位置的には視覚に関するところといわれていたのだけれど、何故か記憶がおかしくなっていたようだった。 お見舞いに来てくれた人によると、急に「学校に行かなくちゃ」と言い出したり(もう卒業して何
水頭症になったので、頭にチューブを挿して常に水を抜いていた。(ドレナージ法) その際、頭を動かしたらいけないので、ベッドに太いバンドのようなもので胴体を固定され、両手はベッドの枠に結び付けられていた。 私はほとんど寝ていたが、時々目を覚まし 「これどういうルールなの?」といって腕のバンドを外そうとしたり 「廊下にヘビが来てるから、ちょっと見てきて」といったり 支離滅裂な話ばかりしていた。 それでも恋人が見舞いに来るとちゃんと名前を呼んだので、恋人はとても安心したら
恋人が病院に駆けつけると、私は嘔吐が止まらず何も手術の準備ができない状態だったらしい。 しばらくすると髪の毛を剃られ、口に挿管された姿でベッドに横たわって出てきて、そのまま手術に入った。 偶然にもその曜日だけは近くの大学病院の先生が来ていて、その人が執刀してくれた。 その先生が20代で脳出血を起こすということはもやもや病の可能性が高いと判断し、その前提で手術を進めてくれた。 もやもや病のときは脳内の酸素量に気を付けなくてはいけないらしく、麻酔を普通のやり方でやってはい
「病院に行く」と私からラインが来て、心配した彼氏が駅まで迎えに来てくれたらしい。 何回も電話をしても出ず、あきらめて家に帰る途中で救急隊員から電話がくる。 「親族じゃないので詳しい状況は教えられないが、K病院に搬送されるので来てください」とのこと。 驚いた彼氏は、とりあえず私の実家に電話をして、病院に運ばれたことを伝える。 それを受けた母は、交通事故にあったのだと思ったそう。 彼氏はそのあと搬送先の病院に駆けつけ、病院の人に私の実家の電話番号を教えた。 病院から実
4月半ばごろ、会社の健康診断を受ける。 特に問題なし。結果は後日送るとのこと。 4月29日(祝) 近所にあるちょっとした観光名所に遊びに行く。 ビールを飲み、名物のそばを食べる。 時折片頭痛があるも、痛み止めを飲んでやり過ごす。 5月1日 仕事中から片頭痛があり、痛み止めを飲んでもおさまらない。 定時であがり、早く帰って休もうと思う。 電車の中で痛みはどんどん増していき、最寄り駅に近づくと急に吐き気が起こる。 吐いて気を失うと脳卒中だと昔習ったことを思い出
高校を卒業し、自分には才能があると思って専門学校に行くものの成績はボロボロ。 やっぱ音楽だよね、とバンドをやってみたけどすぐに解散したり、 就職してみたものの、すぐに辞めてしまったり、 小説家になろうと思って新人賞に応募してみたり、 そんなこんなでアルバイトを続けて生活を立てていたんですけども、色々と逃げ場がなくなってきました。 相談した結果、職業訓練を紹介され、このたび合格の運びとなったのでレポートでも書こうかなと思ってこの記事を書いています。 小説家の夢は諦め
「聞いてくれよ! LNBの新作めっちゃよかったんだ」 シンは教室に入るなりそういった。 「ネットの評判はあんまり良くなかったみたいだけど」と答えたのは背の高い秋葉。 「アイドルの書いたラノベなんて認めんよ」と答えるのは眼鏡の難波。 「つーかそれ、受賞時のタイトル『エクセルワールド』だろ? 出落ちじゃん」と嘲笑するのは背の低い博多。三人ともシンの 「いいから読んでみてくれ。絶対面白いから」 シンは三人の手にイラストが表紙の文庫本を無理矢理にぎらせた。 LNB48は、出版
トーマスの妹も、また流行病である新型肺炎に冒されているとトーマスはつっかえながら語った。 「うち、両親がいないから借金して保養施設に妹をいれたんです。でも、治る見込みがないって追い出されちまって。きっとうちが貧乏だって分かったから、もっと金持ちを入れるために追い出されたんだと思います」 実際、保養施設にも限りはある。国や自治体の管理する格安の施設は倍率が高く、民間の施設は費用がかかる。民間の企業は自分たちの利益のために、オプションを多くつけるなど、金離れの良さそうな人を優
島唯一の船着き場に小さな漁船が着船した。 それを監視カメラの映像で確認すると、ジッカは読んでいたややこしい名前の新聞を机の上に置いて、黒く固い髪を撫で付けて来客に備えた。 この島に来る人間の目的は一つ。 ジッカの店に来る事だ。 客用の机の上を片付け、コーヒーメーカーのスイッチを入れたとき、重い木の扉が開いた。 「どうも、わざわざご足労いただきまして」 ジッカは営業用の笑みを浮かべて客を迎え入れる。 「いやいや、どうも」 乗ってきた船からは想像もつかない、キ
佐知子は途方にくれた。 朝、起きたら夫が冷たくなっていたのだ。 夫の姿を最後に見たのはリビングで晩酌をする姿。なんでも職場の後輩に大好物のカラスミを貰ったとかで、いやに上機嫌だった。 「ゆりちゃんは気が利くなあー。違う部署なのに、わざわざ俺にお土産買ってきてくれるなんて」 「悪かったわね。私は気が利かなくて」 これが最後の会話になってしまった。佐知子は夫の好物がカラスミだということを昨日まで知らなかった。 救急車、警察、病院、役所、葬儀屋と、諸々の手続きは指示され
太陽系、オールトの雲の辺境にあるコロニーで、優秀な精子と優秀な卵子からひとりの赤ちゃんが産まれました。個体ナンバー90031、後にサヌキノと名付けられる女の子です。 サヌキノは優秀な遺伝子を継いで産まれたはずなのに、なかなか破天荒な性格で児童生産施設の先生を困らせてばかり。暴れ回りながらも本を読んで自分で勉強し、三歳のときには施設に備え付けの近距離移動用小型宇宙船に忍び込んで宇宙に飛び出してしまいました。そのときはお隣のソプラノコロニーの巡回船に保護されて助かりましたが、
二十三世紀、アメリカ。 長年不可逆的であると考えられていた時間が、実は可逆的であるということが証明された。つまり、未来に行っても戻って来れる可能性はなくはないということだ。その大発見は電子新聞の一面を飾った。 「ヘイ! 兄貴、これじゃあタイムマシンができるってことじゃないか?」 「ヘイ! 弟、そういうことっぽいな」 ハートマン兄弟は新聞記事の難しい専門用語を全て読み飛ばし、その結論に達した。本文のほとんどを読み飛ばした割にはいい線をいっていたのだ。 「おい、弟。次の記
むかしむかし、あるところに、ひとりの女の子がいました。 女の子は学校で一番の成績をとり、脳科学の天才と呼ばれるようになりました。 おとなになった女の子は、愛するひとを見つけ、結婚をしました。 ふたりで花に囲まれた小さな家で、幸せに暮らしていました。 街では戦争がはじまりました。 ながいながいあいだ、女の子はまちました。 かならず帰ってくると、愛したひとが言ったのです。 嘘は言わないひとですから、かならず帰ってくるのです。 街には、戦争で愛するひとを亡く