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あるまじろ

 たぶん、きっかけっていうか、あのときやったんちゃうかなあっていうのは、小六のときに運動会の組体操の練習してて、下敷きになったとき。やっぱあれ危ないよな。最近ニュースで見てやっぱりって思ったわ。ピラミッドの右側の三段目か四段目やってんけど、そのへんが崩れて何人も怪我してん。まあいうてもすり傷とかやけど、わたしは頭から血い出てたから一応ってことで病院に行かされたんよね。足首折った子もいたわそういえば。いっつもリレーで一番やったわ。
 ほんでまあなんか検査されて、問題ないですねって。親はえらい心配してたけど。運動会は休みなさいっていわれて、最悪ちゃう? 小六やで? 最後やん。ほんで休んで家におって、やることないからテレビ見てて。NHK教育やったと思うけど、海外の動物の番組に吹き替えつけたみたいなやつ。ほんならヒゲのおっさんが出てきて、「アンデス地方に棲息するアルマジロは……」って。えっ? てなって。それがたぶん最初かな。何回もおっさん、「アルマジロは……」ていうし。画面にもアルマジロって出てるし。どう見ても映ってんの、それやねんけど、え? ってなって。いや、アジマルモやん。絶対。テレビつくった人全員間違えとるんかな? と思って弟の部屋行って動物図鑑見たら、「アルマジロ」……って、書いてあって。え、なんで? って。アジマルモやったはずやのに。
 赤ちゃんとか幼稚園とかやったらわかるやん。チョコレートのことちょけとっとっていったとか、犬のメスが猫やと思ってたとか、そういうやつ。せやけど小六……。小六である? そんなん。そらちょっとレアっていうか、犬猫とか象とかキリンとかアリゲーターガーとか、そういうんとはちゃうけどさ。アリゲーターガーはまあおとんが飼ってただけやけど。
 とにかく日常遭遇率っていうんかな、あんまないことはないけど、でも間違えるかなあ。ずっと間違えるってこと、あるかなあ。動物園にもけっこうおるやん。それで思い出してんけど、小二のときの自由研究で動物園について書いたんよね。それであっあのとき書いたなあって思って物置から出してみてん。「たのしいどうぶつ園」ていう、画用紙に書いて綴じてあるやつ。ほんならさあ……わかる? アルマジロって、書いてあってん。自分の字で。へったくそな字で。
 もうなんもわからんようなって……でもアジマルモやったはずやねん。口に出してみても、断然しっくりくるもんな。アルマジロ。アジマルモ。んー。記憶にもあるもん。
 運動会のあとに登校したらみんな心配してくれて、自分でいうのもなんやけど割とクラスでええ位置におったから。でもそれからなんかあかんようになった。みんな運動会のときこうやったとかいって一発ギャグで盛りあがってるし。友達のあだ名も変わってたし。しょうもなすぎて友達に「アジマルモやんな?」……聞かれへん。それで図書室行くようになってんけど、やっぱりどの本にもアルマジロって書いてある。もうめちゃめちゃ腹たって、出てきそうな動物もんの本調べて赤鉛筆で直すっていう活動をしばらくやってんけど、そのうち先生に見つかって、怒られて、なんか行きにくくなって通うのやめてもうた。
 中学高校はもうおとなしくしてたよ。年齢的にちょうどいちばん遠いもんな。関わらんとこうと思ったら関わらんで過ごせるから。でもときどき思い出したわ。「この子らアジマルモのこと、アルマジロと思って生きてるんやなあ」と思って。初彼氏もできたけど、「こいつアジマルモ見たらアルマジロっていうんやろな」って。すぐ別れたわ。動物園にデート行こって誘われたから。
 その頃はもうだいたい今みたいに思ってたわ。あんとき、組体操の下敷きになったとき、なんか起こったんやろうなあって。他の子の腕とか足が自分のとごっちゃになって、重くて、暗くて、べたべたしてて、頭ぬるぬるしてて、そっから這い出したとき、めっちゃまぶしかった。あんときにわたし、来てもうたんちゃうかな。こっちに。
 でも大学入ったらちょっと吹っ切れてん。地元から離れたのもあるし。それでmixiでアジマルモ同盟っていうの作ってん。おんなじような人おるんちゃうかと思って。懐かしいよなあ。まあほとんどメンバーおらんかったけど。おっても幼稚園の頃とかそんなんやったけど。そこで知りあったんが旦那。っていうか、元旦那。おんなじ大学の後輩やってん。めっちゃすごい、運命や! ってそんときは思ったけど、今思うとなあ……。
 子ども生まれるとさあ……遭遇率あがるねんどうしても。教育テレビも見るし、動物園も行きたがるし、絵本も読むし。いややいややって思ってても遭遇してしまうねん、あれと。あれさえなかったら忘れて暮らせるのに。でもヒナタはなんもわるないから、動物めっちゃ好きやし、動物園も連れてってあげたいし。でもどうしても許されへんかってん。ヒナタが「アルマジロ」っていうの。それで「アジマルモやで」っていうててん。旦那のおらんとこで。ほんなら三人でごはん食べてたときに、テレビに映って、ヒナタが、「アジマルモ!」って。うれしかったあ。ほんま、かわいいと思った。でも旦那が笑いながらアルマジロやでっていうてん。は? と思って。いうてしまったんよね。「アジマルモやろ」って。いわんかったらよかった。でもうれしくて。ニ対一になるのなんか初めてやったから。旦那はイラついてた。ヒナタがおもしろがって「アジマルモ! アジマルモ!」って何回もいうてたせいもあるかも。
 なんかそっからぎくしゃくしだして、アジマルモってずっと教えてたんもばれて……。いわんかったらよかった。でもほんまにショックやったんは、旦那がアジマルモ同盟のこと忘れてたことやわ。会員ナンバー〇〇〇二番やったのに。あんたもメンバーやったやんっていうたら、白状したんやけど、わたしが出会ったと思う前からあっちはわたしのこと知ってたんやて。それでなんとか近づきたかったんやて。この十年、なんやったんやろ。
 それで、ふつうやったら子どもは母親が引きとるんやけど、いろいろ事情があって今向こうにおるねん。いやまあ、経済的なこともそうやけど、わたしもちょっとカッとなりすぎて、うん。調停のときにアジマルモのこと……。でもわたしは、もう絶対あきらめへんねん。もう捨てるもんないんやし、こっちに来てもうた以上、やれることぜんぶやったんねん。絶対。これはほんまの話。

(了)

初出:2020/05/13 犬と街灯 - gallery+本とかのお店ツイキャス(35:40~)


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