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えかきうた

 「同窓会なんか行くもんちゃうで、なあ」って、あみちゃんがメニュー取りながら言うた。「ほんまにね、みんなしわっしわやもん」てわたしが言うたら、ルゴルサーティワンが「あんたもやろ!」てでっかい声でつっこんだから、あみちゃんとわたしで「しーっ」て指で注意した。ルゴルは隣の席の若い兄ちゃんがこっち見たのに気づいて、「ごめん」て下向いた。
 三人とも適当にコーヒー頼んだらちょっとひと心地ついて、逆にさっきまでのひどさが身に染みてきた。「酒の勢いかなんか知らんけど、あほちゃう、この年でプロレスやったら下手せんでも死ぬで」「泡ふいとったねえ」「え?なに?」「泡をふいてたねえっ、て!」ルゴルはときどき耳が遠い。小学生の時から爆音でロックばっか聴いてたからそのせいなんやと思う。「まあこっからが同窓会本番やな」ってあみちゃんが言うのにうれしくなって、うん、てうなずいた。ルゴルもうなずいた。全員しっかりおばあちゃんやけど、一瞬十二歳に戻ったみたいやった。三人分のコーヒーをのせたお盆がレールの上をことこと走ってきて、わたしらの席で止まった。「でも、よこちーがいたらよかったのにねえ!」ってルゴルがコーヒーをぐるぐるかきまぜながら言った。「ほんまやわ。よこちー、生きてんのかなあ」
 「実はさあ」ってあみちゃんが薄いタブレットを出して、砂糖壺に立てかけて置いた。びっくりした、画面の中でよこちーが手え振ってたから。「よこちー、よこちーやん!」ってわたしも手を振った。正直逃亡先でとっくにマフィアとかに殺されてるやろなあって思ってたからほんまにうれしかった。日に焼けてくちゃくちゃやったけど、おでこにホクロあるからどう見てもよこちーやった。「あんたなんで!会社のお金…」って叫びそうになったルゴルの肩をあみちゃんがはたいて止めて、あみちゃんは強化筋肉入れてるからルゴルは相当痛そうやったけど、危ないとこやった。みんなお店の備え付けのヘッドセットつけてしゃべることにした。これやったらルゴルの耳にもちょっとは聞こえる。「よこちー、今どこなん?」て聞いても首振るばっかりで答えてくれへんので、しばらくみんなでどこの国にいるか当てっこした。部屋がうす暗いしよこちーが眠そうやから時差のあるとこや、とあみちゃんが言うて、するどいってみんなで盛り上がった。だんだん飽きてきたので「懐かしいわあ、四人でいっぱいへんな遊びしたねえ」って、そっからお気に入りの遊具とか、今となっては詳細が思い出せない<平田さんゲーム>の話になった。
「あとは、絵描き歌!」てルゴルが言うた。「あー、絵描き歌!」と全員の声がいっせいにそろった。どういうわけか四人の間で絵描き歌がめちゃくちゃに流行った時期があった。図書室で調べてすべての絵描き歌をマスターしただけでは飽き足らず、オリジナル絵描き歌をつぎつぎに編み出し、筆箱、コンパス、時計、校舎、校長先生、女の子、男の子、恐竜、下水処理場など、あらゆる物を絵描き歌にしたもんやった。「でもやっぱすごかったんは、あー、あれよ、なんやっけ」とあみちゃんが言った。「あーあれね、タイトルなんやっけ、んー、漢字二文字やった気がするけど」「あれ、よこちーが作ったんやったよね」
 タイムラグがあるせいかあんまりしゃべらんとニコニコしていたよこちーが、口を結んだまんま「飛翔」という声だけが聞こえて、そのあと、ひしょう、の形に口が動いた。「あ、飛翔や、飛翔。なんか生意気なタイトルやなあ。おぼえてるかなあ。ちょっと描いてみようや」とあみちゃんが同窓会のしおりとして配られた水色の二つ折りの紙を取り出したので、みんなそれに習った。あみちゃんが歌った。
 「棒がいっぽんあったとさ、はっぱかな、はっぱじゃないよハサミだよ、ハサミじゃないよ小鳥だよ、ふたこぶお山がありましてー、タケノコにょきにょき生えてきたー、象の赤ちゃんこんにちは、お豆がみっつ箸五膳、線路はどこまでつづいてる、たばこがもくもく煙たいなー…あー、あれ? なんやったっけ?」「あんぱんひとつくださいな、じゃない?」「あふろをひとつくださいな、やなかった?」わからなくなって混乱していると、耳元で「あめだまひとつくださいなー」という声がして、画面を見ると少し遅れてよこちーが歌っていた。「やっぱ覚えてたんや! よこちー、歌って歌って」とあみちゃんがころころ笑った。
 よこちーはぶつぶつ途切れる音声で歌ってくれた。「小魚四匹おりましてー、草原渡るよヒグマの子、かもめが…」という調子で、歌はどれくらい続いたんやろう、かなり長かった。「あっという間に、あっという間にー、ひーしょーうー!」と最後は間延びした感じになって、みんなで声をあわせながら、とうとう絵描き歌は完成した。すごい達成感があって、みんな集中しすぎて息切れしてるくらいやった。もうみんな歳や。「できた!」とあみちゃんが笑って、表彰状見せるみたいに絵を見せてくれた。その時、わたしとルゴルは同時に「えっ」って言った。わたしの絵とぜんぜん違うかった。ものすごい大きい飛行船の絵を、あみちゃんは描いていた。「えっ」てルゴルがまた言うた。ルゴルの絵を見たら、もうもう煙を上げながら飛んでいくロケットと、それを見送る人々と宇宙センターの絵やった。わたしの絵は、百年の眠りから覚めて土や草をまきちらしながら飛んでいくペガサスやった。困ってよこちーの方見たら、よこちーはみんなの絵を見て涙流して笑ってた。笑い声が消えても画面のよこちーは笑ってて、ちょっと不気味やった。
 気づいたらもう日が暮れて真っ暗やった。お開きにして、店の前で記念写真を撮って帰った。よこちーは写さへんことにした、のちのち厄介なことになったらいややから。ルゴルは相変わらずみんなを押しのけて、写真のど真ん中ど真ん前で写りたがった。その写真を帰りの電車で見返したら、つい昨日のことみたいやった。


(了)

初出:2020/06/03 犬と街灯とラジオ#4 58:35


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