精神安定剤を飲みながら 21

地図の街の南端というのはどういうものだとあんたは思うか。
そもそも地図の端というのは一体、どういうものだとあんたは思うか。イメージするのは街に立てられている現在位置を表示する案内板、もしくはその街を全景が収められている一枚のガイドマップ。あとは県や市を細かく区切って全部収めた地図帳というのもあるな。とにかく、地図というのはいろいろある。けれどその地図の端というのは案外、意識されていないような気がする。なぜならその地図の端には続きがあるのが当たり前であって、続きはまた別の地図にあるんだから、意識はもう次の地図の端を探しているだろう。
もちろん、目当ての代物が丁度、地図の端にあるというのであれば別だが、地図というのはやはりその先に地面が続いていれば、別の地図が存在するんだ。
昨日の老人の家に泊まることになった時、俺は確かに地図の街の向こうに沈んでいく太陽を見ていた。もちろん、朝日が出る方向とは反対方向に沈むから、朝とは違う方向を見ていることになるんだが、結局、西側も東側も街の中心から外れていれば、ほぼ何もない事は変わらないんだなって、地図の街の南側を歩きながら思ったよ。
……泊まる場所については、もう考えてなかったよ。地図の街を出ることが最優先だったから、それ以外には何を心配する必要があったんだ。とにかく歩きさえすれば地図の街から出られるって分かっていたんだから。
その地図の街の向こうに沈む太陽は、戻って来たこの街でさっき見た太陽と同じだったように思うが、人間は実際に太陽を直視できるわけではないからな。あれは、多分、映画やテレビや、どこかの動画で見た、夕日が沈むという映像を、その時も思い返していただけなんだろうと今となっては思う。
また話が別の方向に行きそうになってしまったな。つまり、あの街で見た朝日や夕陽は、本当にこの街で見るような朝日だったのか、夕陽だったのかという事だ。
俺は何にもない平面の地面を歩きづつけて、ようやく地図の南側の端までたどり着いた。確かに太陽は落ちかけていて、地図は見づらくなっていたし、本当にその地図の街の端っこなのかどうか分からない、とあんたは思うかもしれない。
しかし、俺はたどり着いたんだ。なぜならそこから先は無かったんだからな。無かったというと、また理解が出来ないと思うかもしれないが、本当に何もなかった。地図の端は太く黒い線が横に引かれているだけで、その先はまったくの真っ白だった。俺はあんなに何もない真っ白な世界というのを見たことが無い。
俺はあれほどの恐ろしさを味わったことが無い。そしてそれは地図の街という簡単に行けてしまう所にあったという事が、恐ろしくて仕方がない。

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