精神安定剤を飲みながら 14

透明な壁越しに見える日の出と共に布団を片付けて、ついでに玄関やら床やらを掃除していたら、そろそろと老人も目が覚めたみたいだった。
老人は「そこまでせんでも」とは言っていたが、こうでもしないと自分の気が済まない、というよりも地図の街のおかげで周りが勝手に朝になってしまい、もう眠れなくなってしまったから、老人が起きるまで何かしていたかっただけだ。
老人から朝食もごちそうになり、改めて老人に感謝を述べて家を出て行こうとした時に、老人は「そうだそうだ」と言いながら家から出て外に向かった。外と言ってもそこは、道らしい平行線の手前だから、おそらくはそこは庭だとは思うんだが、その道に面している所に立てられている郵便受けから何かを取り出して、それを広げながらこちらに戻って来た。
老人の家に訪れた時はすでに夜だったからそんなところに郵便受けがあるなんて思わなかったが、普通の街にも郵便受けはあるものだから、地図の街にもあるんだろうと思っていた。
しかし、奇妙なもので俺はずっと夜明けから起きていたのに、いつ郵便受けに何かを入れることができたのだろうか。それとも、俺が老人に会う前から既に届いていた郵便を老人が取り出しに来たのだろうか。考えている間に、老人は、何故か、その手にしていた紙を元に折りたたんで、こちらに差し出して来た。そして、俺にこう言った。
「今週の地図が届いているぞ」
俺は言われるがままに、その紙を手に取った。その紙は昨日、改札の駅員から貰った紙と同じような質感で、そして同じような大きさに折りたたまれていた。広げてみると、確かにそれは俺が昨日貰って来た地図だった。確かに地図を見せてもらえるのはありがたい事なだろうとは思ったが、駅員から貰って来た地図は一週間前の地図だったし、一週間でそこまで違いがあるようには思えなかった。その老人が溜息と共にそう呟くまでは。
「しかし、いつか来るとは思っていたが、これも仕方のない話だな」
「来る」俺は地図をぼんやりと眺めながら、老人に相槌を打った。老人は、地図のある一点を指差した。「ここがこれからの私の家だ」
私はその土いじりによって泥の詰まった爪の指の先を見る。それは一見すると大きな囲いの上に太めの直線二本が通り抜けている図形だった。それだけでは何を老人が伝えたいのか分からなかった私は、昨日の地図を取り出して、その昨日貰って来た地図を取り出して老人の指している場所を見比べてみた。
先週の地図では老人の家はただの囲いだった。しかし、今日老人から手渡された地図には、その老人の家の囲いを二つに割るようにして二本の直線が通っている。「これは……」と俺が老人に尋ねると、老人はすでに先ほどまで座っていた座布団やら小さい引出しを動かし始めていた。
「ここはもう道になっているんでな。そのうち道を作りに役人も来る。すまんが動かすのを一緒に手伝ってくれないか」


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