精神安定剤を飲みながら 19

そのまま棒立ちになった俺は、これからどうすればいいのかを考え始めた。鉄道会社の線路が開通するまで待つ。これは先ほど考えたように、開通が何時になるか分からないし、そもそもまた新しい地図になったときに余計に酷い道になってしまうかもしれない。そうしたらますますここから出られなくなってしまう。それは困る。非常に困る話だ。
だから、俺は別の考え方をしなければならなかった。鉄道会社の路線ではなく、地図の街の外に出る。思いついた時は、そんな方法があるのかは確信は無かったが、俺はここへは鉄道を使ってきたんだ。なら他の街への土地は繫がっているはずで、そこから出ることが可能なんじゃないか。
考えてみれば当たり前のことになぜ気が付かなかったんだと俺は思った。そうだ、電車が駄目なら歩いて地図の街の外に出ればいいのだ。俺は改めて地図を開いて、まず駅の場所を確認して、そしてそこから一番近い地図の端を調べた。
腹の立つことにこの地図はほぼ駅を中心に作られているらしく、東西南北の端は同じぐらいの距離にあった。何処へ行けばいいのだろうか少しだけ迷ったが、俺は地図の下側、つまり南側に行くことを決めた。
理由ははっきりとは考えていない。ただ、私が降りて、老人の男の家に泊まったのが東北の方にあったから、何となく南側の方を歩いてみたくなっただけだ。それに、今日は何故か都合よく踏切を使わずに線路を渡ることもできたからな。
さっきまで駅舎を出て少し北側の方に歩いていたから、南側に戻るには駅舎まで戻らなければならないのだが、俺はそれをさけて別の方から南側に入ることにした。地図を見れば今立っている所の道の先にある交差点から西側に入って、そしてまた少し歩いたところの交差点を南側に曲がれば、線路を越えることが出来そうだった。
やるべきことが見つかれば、あとはやってみるだけだ。俺は地図を閉じて、その通りにした。少し歩いた先の交差点を西側に曲がる、そして次の交差点を南側に曲がる。とても簡単な事だ。しかし、俺は道を歩きながら、通り過ぎていく人々は、一体なぜこの街を出て行かないのだろうか、と考えていた。
泊めてくれた老人や改札の駅員の様に何かしらの職業意識や街に対する愛着か、諦めにも似たようなものをそれぞれが持っているとしても、それは人々によって差はあるはずで、この地図の街の理不尽さについに耐えられなくなった人々は街を出て行くはずだ。そういう人たちは、この街の事を一体どう思っているのだろうか。
そう考えて俺はその人たちと話をしたいと思い、いま目の前を通り過ぎていく街の人々に話しかけたい衝動に駆られたが、すぐに思い直した。
そういう人々は既に街を出て行っているはずで、ここにいる人々はやはり、この街のことを受け入れて生活しているのだ。

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