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【ホラー小説】私宅監置

初めまして、A雄といいます。
ええと、怖い話を集めてる...…んですよね?ああ、作り話じゃダメなんですか。それは大丈夫です。実際にあった話なんで.…..

・ ・ ・

僕の実家の裏にあった建物の話です。
実家はK県の田舎なんですが、僕が子供の頃、屋敷の裏に古い家がありました。もう取り壊されてしまって、写真もないので、記憶の中にしかないんですが。
木造のボロボロの家でした。誰も住んでいない、廃屋です。

幼児のころ、僕はちょくちょくその家を探検していました。
家の中は床も壁もボロボロで、古い食器や家具なんかが放置されていて面白かったんですが、幼い僕は怖くて、あまり奥へは進めなかったです。

玄関を入って、正面に階段、左手に扉があり、そこを開けると縁側でした。
縁側は、庭に面した側の窓が、割れた雨戸でふさがれており、いつも薄暗かったです。恐ろしかったので、普段はそこには入りませんでした。

でもこの日は、なぜか縁側を探検しようという気持ちになっていました。というか、入りやすい部屋は探検し終えてしまっていたので、縁側を開拓するしかなかったんです。僕は土足のまま、縁側へ上がりました。

壊れた木製の雨戸の隙間から日が差し、木漏れ日のような陰影をあちこちに作っていました。縁側は真っすぐに延び、1枚の扉で行き止まりになっていました。僕はその扉まで、そろりそろりと歩いていきました。今日の目標は、あの扉を開けることだと決めていました。

特に事件もなく、その扉に到着することができました。扉をそっと開けると、中はトイレでした。和式の便器がこちらに向けて真っ黒な口を開いています。汲み取り式というんでしょうか、覗き込んでも底は見えません。

トイレは不潔というわけではなかったですが、そこかしこがカビや土で汚れていて、おどろおどろしかったです。
しばらくあたりを見回していましたが、面白いものは見つかりませんでした。天井近くに設けられた小さな窓から、外の鳥の鳴き声がのどかに漏れていました。
トイレから出ようとした時、不思議なことに気付きました。
扉に内鍵がないのです。
入る時は気付かなかったのですが、よく見ると扉の外側に鍵が据え付けられていました。

なぜ、外側に?子供心に『うちと逆だな』と不思議に思いました。
もう一つ、気付いたことがありました。トイレに辿り着いたら今日の冒険は終わりだと思っていたのですが、実は続きがあったんです。
縁側はI字ではなくL字型だったんです。遠くから見ていると死角になっていたのですが、直角の曲がり道があったんです。
トイレから出て、左手が未知のゾーンでした。ただ、こちらは縁側と違ってごく短い廊下でした。3メートルほど先に扉があるだけです。

扉はしまっていて、トイレと同じような鍵が据え付けられていました。僕は近づいて、鍵に触ってみました。
すると、鍵は錠前ごとボトッと床に落ちてしまいました。扉は木でしたから、腐っていたんだと思います。めちゃくちゃビビリました。僕はしばらく固まって息を潜めていました。鍵を壊してしまったという罪悪感のせいかもしれません。まるで何かから隠れるように、気配を殺していました。

そのうち、どうやら安全そうだと分かるとそろりそろりと動き始めました。
気になるのはこの扉の向こうです。この先には何があるんだろう。鍵もなくなったことだし、もう開けるしかありません。ノブに手をかけ、ゆっくりと扉を開きました。

中は、4畳ほどの殺風景な部屋でした。家具は無く、トイレ同様、壁の高い位置に小さな窓があるだけです。
いや、1つ大きな特徴がありました。暗くて分かりにくかったのですが、部屋の真ん中あたりの床面に、床下収納のような扉がありました。
扉には、原始的な鍵がかけられていました。扉と床板に鉄の輪を埋め込み、1本の鉄棒を通して施錠されています。単純ですが、頑丈そうです。
僕はこの棒を抜こうか迷いました。ここまで来たのだからもう十分だという思いと、ここまで来たのだからこの先も見てしまおうという思いがぶつかっていました。
結局、僕は棒を外して中を確認することにしました。恐怖より好奇心が勝ったのです。
棒は錆びていましたが、子供の力でも抜くことができました。重い扉を苦労しながら引き上げると、中からえも言われぬ臭いが漂ってきました。その臭いは、まるで不吉なため息のように、そっと僕の鼻をかすめていきました。
どんな臭いだったかというと……汗臭さが近いかな。それに肥料が混ざったような感じです。不思議と、嫌な気持ちにはなりませんでした。怖かったけれど、すごく静かで、あとから思えばお墓参りをしているような厳かな気持ちでした。

四角く空いた穴は、大人がゆうに出入りできるくらいの大きさで、穴の底に向かって急な階段が下りていました。中はあまりに暗くて、さすがに降りる勇気は沸かなかったです。
なので、僕は上から、じっと穴の中を覗き込んでいました。初めは真っ暗で何も見えませんでしたが、次第に目が慣れて内部の様子がぼんやりと浮き上がってきました。

どうやら階段を降りた先には、太い木製の格子で隔たれた部屋があるようです。当時は『牢屋』を知らなかったのですが、それはまさしく牢屋でした。
上からは、牢屋の中の様子までは分かりませんでした。ただ、牢屋の奥にうっすらと光源があるようで、そのおかげで、おぼろげながらも地下室の様子が見えてきたわけです。
よく見ると、格子から一本の木の枝が、にゅっと突き抜けていました。そしてその下に、大きなクモがじっと座っていました。
黒と、黄土色と、少し白を混ぜたような色合いの、やたら足の長いクモでした。当時も今も、僕はクモが大の苦手です。またしても身体が固まりました。
しかし、いくら見つめていてもクモは動く気配がありません。死んでいるのかもしれない。いや、寝ているのかもしれない。寝ているなら起こす前に引き返そう――
僕は物音を立てないように、その場を離れました。

・ ・ ・

僕の冒険はそれでおしまいです。ほどなくしてその屋敷は取り壊され、もう30年近く経ちます。
なぜ地下室に牢屋があったのか?成長した僕は不思議に思いましたが、次第に、あれは夢だったんじゃないかと考えるようになりました。だって地下牢なんて、時代劇の世界の話じゃないですか。そんなものが実家の裏にあるなんて、あまりに現実離れしています。テレビで観た情報と実体験とがごっちゃになってると考えたほうが自然です。
そういうわけで、いつしかあの牢屋のことは忘れていました。
それなのに……

ここ1年ほど、あの牢屋の夢を頻繁に見るようになりました。
夢の中で、幼い僕は、縁側、トイレと巡って、最後に地下室の扉を開けて中を見下ろすんです。じっと、クモが動き出さないか見つめるんです。
クモを見ながら、僕は『何か忘れている』と感じています。でも、忘れていることが分からないまま目が覚めるんです。
そして、目が覚めて大人の僕に戻ると気づくんです。『あれはクモじゃない』

あれは、人の手の骨だ。
ただ、その骨にはすごく特徴があって、6本指なんです。
小指の横にもう一本、指が生えているんです……

先日、僕に息子が産まれました。元気に産まれてくれて本当に嬉しいんですが、その子も指が6本あるんです。
多指症とかいうやつで、稀にあることだそうです。もう少し大きくなったら手術を予定しています。僕も妻も、その件については落ち着いて受け止めているので問題ないのですが、例の夢ですよ。
例の夢を見始めたのが、ちょうど妻が妊娠したぐらいからなんです。それまでずっと忘れていたあの廃屋の冒険を、急に夢に見るようになったんです。変じゃないですか。

ひょっとしてあの牢屋に入っていたのは、僕の親族だったんじゃないでしょうか。実家のすぐ近くに屋敷があったのも、そう考えると自然なように感じます。
牢屋の中は見えなかったけど、骨になった遺体があったんじゃないか。
ではなぜ、地下牢なんかに閉じ込められていたんだろう。埋葬されていないのも変だし、そもそも家族は骨の持ち主が死ぬまで放置していたんだろうか?
牢屋の奥には光源がありました。方角的に、トイレです。あの光は汲み取り式のトイレから漏れる光でしょう。排泄物が地下牢に落ちる仕組みになっていたんです。何故そんなひどい仕打ちを受けていたんだろう。
牢屋の格子から一本の木の枝が伸びていました。あれは腕の骨でしょう。外に向かって手を伸ばして、きっと助けを求めていた……

もし、指の奇形が原因で迫害されていたのだとしたら、息子も生まれた時代によってはあんな仕打ちを受けていたのかもしれません。
今の時代に生まれてよかった……と、切り替えることができれば良いのですが、なかなか出来ないんです。
たかが夢、しかもどこまでが事実で妄想なのかも判然としないというのに『息子の将来もあの骨のように悲惨なものになるのでは』という不安がぬぐい切れません。

もう一つ心配事があります。息子が命を宿すと同時に、あの夢は始まりました。まるで僕に子供ができるのを待っていたかのように。

時々、息子が僕をじっと見つめることがあります。まだ視力もろくにないはずなのに、無表情でじっと見てくるんです。
ゾッとします。あの骨に見張られているような気分になります。怖くて、しばらく動けないほどです。
そうすると、僕は息子を目の届かない場所に追いやりたくなるんです。それこそ、床下収納とか……
可愛くて仕方ないという感情と、いなくなってほしいという感情が唐突に入れ替わるんです。

息子は、1歳になるころに指の手術を受ける予定です。その手術が終わったら、なにか事態が好転するのではないか……と、願っています。

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