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なぜセリーグは日本シリーズに弱いか②

めっちゃサボってた、すいません

前回は何故日本シリーズにセリーグが弱いか、という話もしましたが。今回は、セリーグが日本シリーズに強かった時代を書いていきます(タイトル詐欺

昔はセリーグも強かった

最近でこそセカンドリーグだとか言われていますが、そもそもセリーグも日本一に昔は成れていました。それこそ90年代後半から00年代前半はセリーグが圧倒していますし。それこそ00年代はまだ5割は日本一に成れていたわけです。もっと言えば巨人なんてV9なんかもやってのけてるわけでね。では、なぜそのセリーグが近年弱体化著しいか、というと"逆指名制度の廃止"がデカいでしょう

逆指名とはなんぞや

逆指名制度においては、大学生と社会人野球の選手で1球団に付き2名までの対象選手が、自分の希望するチームを宣言することができる。正式にはドラフト指名を経て入団交渉ははじめて可能となるが、事実上その時点で入団が決定することとなる。2001年秋のドラフト会議より「逆指名制度」から大学生・社会人野球の2名以内をドラフト会議前に獲得できる「自由獲得枠制度」に変更された。

とまあ難しく書きましたが、言ってしまえば大卒選手や社会人選手が行きたい球団に行ける制度です。なんでこれが導入されたかと言うと

80年代90年代に西武が黄金期を築く→それは裏金や囲い込みによる部分が大きいと判明→なら選手の行きたいところにいかせたらよろしいやん
といった大まかな流れで導入されました。もともと選手も労働の自由がある(好きな球団を選ぶ)という側面もあり、しばらくの間この逆指名制度は存続していました。

しかし、その逆指名制度にはあらゆる欠陥が生じることになります

更なる裏金の温床

選手の自由意思で球団を決められる、とされていますが実際どうなったかは皆さんの知る通り。裏金をとにかく積んで、プロスペクトを軒並み引き抜くという西武黄金期も真っ青な制度となってしまいます。冷静に考えてみればそりゃ球団が金を積んで選手の意思を変えさせても「本人の希望」になるわけですから。

とまあ、こんな制度が当時どこが一番得したかというとそりゃ巨人ですよ、ええ。ある週刊誌の報道では上原選手や阿部選手は10億とも20億ともされる裏金があり、高橋由伸選手には当時黄金期だったヤクルトへ入団したいという意思があったものの、実家の借金を巨人が肩代わりしたため巨人へ入団した、という証言もあります。90年代や00年代中盤までは野球と言えばセリーグを指し、テレビ放送でも主に巨人が放送されており、いわばスター球団です。その球団が使えるだけのお金と長嶋さんの存在はこの"逆指名"という制度にマッチしていたと言えるでしょう。そして、そのスター球団に引っ張られる形でセリーグの人気や環境が良く、プロスペクトが逆指名と言う形でセリーグへ続々入団していきました

廃止された今

逆指名という制度で得をしたセリーグがプロスペクトを集め、DHの差を埋めていた、というのが90年代や00年代のセリーグの強みでした。しかし、現在は逆指名も廃止され、パリーグが続々と人気や実力をつけていくと、そういったセリーグの優位性が力を失い、今のセ低パ高の状況に繋がったと考えられます。そしてセリーグに残ったのは、DH不在による野手一枠分の編成の不自由さとそれに伴う実力の低下です。DH以外にも要因がある、といえばそれまでですが、せめてDHという制度だけでも導入しなければ水をあけられる一方だと私は思います

最後に

最後に私の個人的な考えですが、野球はDHがあった方が面白いと思います。セリーグの試合を見ていると、下位打線から始まる回では点が入る気があまりしません。仮に下位打線にチャンスが回ってきても、早めの回では8番を歩かせ、9番投手で確実に相手の攻撃を終わらせるという戦術が有効だからです。そして、先発が好投していても、場合によっては代打を出さざるを得ず、消化不良感が否めません
今年もおそらく交流戦や日本シリーズでパリーグがセリーグに優位に立つでしょう、DHで鍛えられた投手や打者は交流戦や日本シリーズだとひときわ輝きを増すようにも見えます。中には、セリーグには打てる投手、というのも存在しますが、せいぜい2割程度の打率であり、ほとんどの投手はバントもできない、打席の一番端に立つ、ランナーで出てもジャンパーを羽織ってのんびり走る、犠牲フライやエンドランすらできないという状況で、人からお金をもらって見せるものではないと思います。
私は、野球の魅力を力と力のぶつかりあいだと思っています、投手のキレの良い球を打者がはじき返す、これこそが野球の醍醐味だと思っています。もちろん、DHのない野球を頭から否定するつもりはありません。スタメンに投手がはいるからこその駆け引きや、采配の妙などの監督としての楽しみがあると私も思っていますし、見ごたえもあるとは思いますが、そこまでして力と力のぶつかりあいを失わせてまで、"結果論"的な部分が多い采配の妙と楽しむのも語弊を生むかもしれませんが本末転倒だと思っています。

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