見出し画像

悪魔

あなたは、悪魔を信じるだろうか

まあ、正常な大人は悪魔なんて信じない。子供だって、サンタは信じても、悪魔はなかなか信じてくれない。

でも、悪魔はいる。なぜなら、僕が悪魔だからだ。
悪魔は、人間に悪さすることを生業としている。僕も、これまでたくさんの人を困らせてきた。

基本的に悪魔の姿は、人間には見えない。つまり、悪さし放題である。
ターゲットを誰にするかを、自分の意思で決めることはできない。しかし、ターゲットを見つけると、すぐにわかる。一目惚れのような感覚が悪魔にもあるのだ。

さあ、今日はどんなターゲットだろう。

僕は地上に降りた。降り立つ場所も、僕の意思ではない。ターゲットがいる場所に降りることになる。

僕は、とある駅前にいた。閑散としていて、人はまばらだ。キョロキョロと周囲を見渡すと、バスに並んだ、冴えないスーツ姿の男性を見つけた。

あ。あの人か。
僕の身体が教えてくれる。

よし、始めるとするか。僕は、この人の半歩後ろを歩く。

手始めに、雨を降らせた。

(げ。雨降るなんて、天気予報で言ってなかったのに…傘持ってねえよ…)
彼は軽く舌打ちをする。ちなみに、僕には彼の心の声も聞こえてくる。

少しして、バスが来た。
よし。彼より前に並んでいた人たちで、席を埋めてしまおう。

(ついてないな…座って寝たかったのに…)
彼は肩を落とした。座れないまま、目的地である彼の職場に着いた。

彼は、市役所で働いている。公務員というらしい。
彼はメールをチェックし終わると、給湯室にインスタントコーヒーを入れに行く。

給湯室では、面倒な上司が、朝食のパンを頬張っているところだった。

「お、栗田。コーヒーか?いいな。俺にも入れてくれよ」
「おはようございます!インスタントですけど、どうぞ」
彼は愛想良くコーヒーを渡す。
「サンキュー。あ、お前今日暇だろ?久しぶりに飲み行くぞ」
「え…あ、今日仕事終わりそうもなくて」
「嘘つけ。今日締切の書類なんて無いだろ。19時からいつもの店な。空けとけよ」
先輩は、彼を残してデスクへ戻る。
彼はため息をつきながら、自分のコーヒーを入れる。

彼の業務は、窓口や電話での対応が主だった。僕は、老人の声で、彼に電話をかける。

「市民まつりが中止ってどういうことだ!!あれは、この街の伝統なんだ!公務員のくせに、そんなのもわかんねえのか!!」

目の前で彼は身体を縮め、萎縮している。

「申し訳ありません。我々も開催に向け全力を尽くしたのですが、参加者数の減少や市の財政を鑑みて今年は開催を…」

「ふざけんな!開催を楽しみにしてる我々市民の気持ちを考えたことあるのか!」

「我々職員も開催したい気持ちは同じです。ですが…」

「そんなの口だけだろ!」

「いえ、僕はこの市で生まれ育って、小さい頃から毎年欠かさずに参加していました。沢山の思い出があります。無くなって欲しいだなんて思う訳ないじゃないですか!僕も、あなたと同じように悲しんでいる市民の1人なのです!」

「…なんだ、兄ちゃんも同じ気持ちか…」

「毎年の開催は正直、難しいかもしれません。ですが、どんな形であれ、まつりを続けていけたらと考えていますので、お待ち頂けますか」

「…わかったよ。済まなかったな」

僕は電話を切った。まあ、こういうこともある。悪魔の仕事は、そんなに簡単ではない。

終業時間となり、彼は上司に声を掛けられないように、静かに帰ろうとしていた。

「おい、栗田あ!なに帰ってんだ!」
彼は大人しく、上司の飲み会に連行された。
飲み会では、散々な上司の愚痴をひたすら聴いたり、カラオケで歌わされたり、一発芸を強いられたりしていた。彼の一発芸は、悪魔からしても散々なものだった。

酔っ払った上司をタクシーで送り届け、彼も自分の家に帰る。
スーツ姿のまま、ベッドに飛び込んだ。
「なんて日だ… 」
彼はそのまま寝てしまった。

僕の仕事もここで終了だ。今日は、仕事が少なくて良かった。
彼が上司と飲んでいる間、僕がした仕事と言えば、酔っ払った上司に、「こんな仕事、興味ありませんか?」と、僕の仕事を薦めたことくらいだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?