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星の種

僕は、自分の部屋でいつものように寝転がって漫画を読んでいた。

この漫画ももう何回読んだだろう。セリフも暗記するほど読んだし、さすがに飽きた。でも他にやることもない。つまり、僕は暇なのだ。

今月のお小遣いも、もう使ってしまった。なんなら、来月のお小遣いも前借りしている。バイトをする気もない。

あーあ、なんか楽してお金降ってこないかなあ。お金じゃなくても良い。漫画でもゲームでも良い。何か楽しいもの。

運動は嫌いだ。汗を流して何になるんだろう。僕は食べることにあまり興味がなく、少食だ。体型維持には困らない。出来ることなら、何もせずずっと寝ていたいのだ。

僕は寝転がったまま、窓から見える青空をぼんやり眺めていた。

「シュッッ」

音とともに、何かが光った。

気になったけど、僕はそのままの姿勢でいた。動くほど価値があると思えなかった。しかし、その光はなかなか消えず、ピカピカと光っていた。

さすがの僕も気になって、身を起こした。
窓の桟に、見知らぬ箱があった。箱には、「楽を手に入れて」と一言書かれている。

何かのいたずらか?と思ったが、あいにく僕にはいたずらしてくれるような友達もいないし、かと言って、人に嫌がらせされる覚えもない。

とりあえず開けてみることにした。中には、ひまわりの種のようなものが入っている。ちょっと変なのは、種自体が発光していて、絶えず光っていることぐらい。

中には説明書がある。

「星の種。これはあなたの好きな世界を作れる栽培キット。水をやり、肥料をやり、愛情を持って育てる。ただそれだけで、あなたの願いが叶う種。時が過ぎると、効力を失い、他の人の元へ飛んでいきます」

怪しい。怪しすぎる。

やはり誰かのいたずらなのかもしれない。誰だか見当つかないが、意外と僕は人気者なのかもしれない。そう思うことにして、また寝た。

明くる日も、種は光っていた。漫画を読んでいる間も、ゲームをしている間も、種はピカーっと光っている。

我が家に種が来て3日目、種が赤く点滅し、カウントダウンを始めた。これが、効力を失うまでのカウントダウンなのかもしれない。それはそれで良いかな、と思ったが、やはりちょっと気になる。

しばらく一緒に過ごしてみて、何も危険なことは起こらなかった訳だし、水くらいやっても問題はないのではないか、と思い直し、僕は水をやることにした。暇だし。
とりあえず、小さな器に少量の水を入れて、種を浮かばせてみた。

これで良いのか?そもそも僕は植物を植えたことがない。だから文字通り水を与えてみた。

すると、
「お前、義務教育受けてきてないんか!!ちゃんと土を用意して、種を植えるんだよ。何やってんだ!!溺れるだろ!!ブクブク」
と、怒声が聞こえた。

え……?辺りを見回す。

「いいから、早く水から種をだしやがれ!」

僕は、種から聞こえる声の通り、水から種を引き上げた。

「っかぁー!これだから!自分で何もした事のない人間のとこに行くのは嫌なんだよ」

種は愚痴を吐いている。
喋れんのか?こいつ。

「喋れるに決まってんだろ!あんな大量の水の中じゃ溺死しちまう。早く土持ってこいよ」

なんでこんな偉そうなんだ、こいつ。

「とっととしろい!」

そこからは、正直あまり覚えていない。僕は、この口の悪い種の言う通りに、へいこら従っただけだった。忙しかった。肥料を混ぜた土のベッドに優しく種を寝かせてやると、

「そうそう。これだよ。この寝心地。やりゃできるじゃねえか」

やればできるじゃないか、は僕の大嫌いな言葉第1位である。頑張ったって出来ないことは山ほどあるのだ。

土で覆われた状態でも、種は喋り続けた。
「お前、働きもせず、こんなとこにいて、何してんのー?」

やはり失礼だ。

「僕は、浪人生って言って、大学受験のための…」

「浪人くらい知ってるよ。バカにすんな。お前が浪人生には見えないくらい遊んでるから質問してやったんだ」

核心をついてくる。嫌な種だ。こいつに、僕の願いは叶えられるんだろうか。まあ、無理だよな。

「まあ、無理かどうかは、育ててみてのお楽しみだな」

「僕の頭の中を勝手に読まないでくれ」

「ああ、悪いな。でも聞こえて来ちゃうんだよ」

種は、最初こそ口が悪く横柄な態度だったが、すぐに僕の日常に溶け込んだ。文句を言わなくなった代わりに、僕が漫画を読んでると、どんな内容なのか、何が面白いのか、お前はいつから漫画が好きなのか、などなど他愛のないことを聞いてくる。かなりお喋りな種だ。

僕は口下手で、面白さと言われても言葉に詰まってしまうが、種は無理に言葉を促そうとはせず、「へえ。それって他の人間にも人気なのか?」など、僕が答えやすいような質問に変えて聞いてくれる。割と聞き上手な種である。

種はやがて芽を出した。小さな可愛い芽だった。僕はツンとつついたり、葉の表面を撫でたり、じっくり眺めたりと、なんだかはしゃいでいた。

僕の生活に、このお喋りな種がいることは日常になっていた。朝起きてすぐに水をやる。日中は、気が向くと話しかけたり、種が人間について素朴な疑問をぶつけて、夜はゆっくりやすんだ。

種は成長するに連れて、大人しくなっていった。それでも、僕が聞いて欲しいことに関しては、「おお」とか、「へえ」とか適当な相槌を打って聞いてくれた。

芽はぐんと大きくなり、やがて花をつけた。黄色い、小さい小さい花びらを5枚ほど重ねた、向日葵のような派手さはなく、奥ゆかしい可愛いらしい花だった。僕は花びらをそっと撫でたり、花の甘い匂いを嗅いだり、楽しんでいた。

その頃、種はほとんど話さなくなった。なんだか心配で、肥料を変えてみたり、水を調整したり、色んな工夫を施した。おかげで、小さな蕾がたくさんついた。種は何も言わないが、元気に育っていた。何故何も言わないのかは分からなかったけど、種にも種のペースがあるのだろうと思った。

僕は植物についてかなり詳しくなっていた。この知識を活用すべく、色んな花の種や野菜の苗を買った。


そして、1年後。
今、僕の家の庭には、色とりどりの花や、緑豊かな野菜が植えられている。綺麗に咲いたり、実がつかなかったり、植物は難しい。

そして、せっかくなら大学でもっと植物の勉強がしたいと一念発起した僕は、第2希望の大学の農学部に見事合格した。

一方、星の種は、残念ながら枯れてしまった。もう、あの声は聞こえてこない。しかし、僕には悲しみに暮れている暇はないのだ。僕は忙しい。

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