2023年映画ベスト

1.『SHE SAID/シー・セッド その名を暴け』マリア・シュラーダー

 目を惹く存在感のキャリー・マリガンに対して、ゾーイ・カザンは場に目を向かせる。たとえば自室でマッゴーワンからレイプの仔細を聞くショットではカザンよりも背後の揺れるカーテンに目が行くし、横断歩道でグウィネス・パルトローから電話がかかってきて、渡り切った先の少し芝生のある歩道で話をする彼女を捉えたロング・ショットなども印象的。ただ聞く、という画面をこれだけ持続させているのは、構図/逆構図の際のショット・サイズへの気配りも重要ではあるが、その聞き入る場を形成する彼女の存在感あってこそではなかったか。全くこれだけ語りが多いのに、聞くのがこれっぽっちも苦にならない(無論内容はショッキングだが…)。それがすごい。
 あと、思い返すと絵画的な構図が多かったと思う。大胆なまでにガラス張りが画面を占有する、カザンとザック・グルニエのディナーのショットにはホッパー『ナイトホークス』を想起。随所にそういう見せる構図がある、という楽しみも嬉しい。

2.『ミンナのウタ』清水崇

 ホラー映画にはじんわり系とびっくり系があるけど、これは合わせ技になっていてめちゃくちゃこわかった。僕はじんわり系だと思って見てたら不意にびっくり系のストレートが放たれて、もうそこからは全部こわくて3回くらい心臓止まりそうになった。でもそれが不快にならないのはその後のじんわり系もしっかり怖いから。これは自信も腕もどっちもないと成り立たないと思う。
 事件のあった家の佇まい、スクリーンのこちら側へ向かってにじり寄る怪異、共に既視感はあれど、でもあらためてデカい画面で見れたことに価値があった。劇場体験という意味ではベスト。

3.『レッド・ロケット』ショーン・ベイカー

 素早いカット割と省略でパッパと進んでいくのに、自転車を漕ぐ・日向ぼっこをしながらタバコを吸う、みたいなショットを頻繁に挟むので映画自体はせかせかしないのが本当に素晴らしいと思った。街の撮り方に藤田敏八や長谷川和彦も感じる。そういうちょっと物騒な空気もたまらなかった。

4.『枯れ葉』アキ・カウリスマキ

 過去作の特集上映を経て見ると、スタイルこそ軟化して喉越しが良くなっているけれど、全く以て同じショットや音楽を流用したり、似たり寄ったりなストーリーであったりを、年老いてなお語り続けている作家というのも稀有な気がする。ウクライナ侵攻のニュースが流れる、カレンダーは2024年になっている等時間軸は現代であるはずなのに、登場人物はマッチでタバコに火をつけるし、たぶんスマホではなく携帯電話で連絡を取り合う。現代の時間と、人物の時間の流れがまるで違う。これこそまさに映画の時間なのではないかと。

5.『キングダム 運命の炎』佐藤信介

 偏愛枠。僕は『クローズZERO』という映画が大好きなんだけど、それは役者同士がそれぞれの存在感をぶつけ合って火花を散らすという一側面が物語とリンクするからであって、この映画もそういう形式になっている。はっきり言って内容自体は前作と大差ないのだが、スターから名脇役までひと通り揃えているので、そういう視点から見ると本当に隙がない。ラスト、脇役俳優で固められた名もなき人間たちが必死に闘って武勲を立てる。もうそれだけで泣けるじゃないすか。しかもその中にやべきょうすけがいるんすよ!『クローズZERO』思い出すしかないじゃないすか!絶対東映特撮のファンでもあるし、この監督とは一方的に心の友だと思っております。そしたらもう、前半のだるだるおセンチ回想も許すしかなくなってくるわけです。

6.『こんにちは、母さん』山田洋次

 幾何学模様に切り取られた都心のオフィスビル群に対して、向島界隈のカメラポジションの低さに安堵する。吉永小百合の営む足袋屋兼大泉の実家の二階も行き来の割には映らず、高所というものがあまり歓迎されていない気はする。あとはやっぱしめちゃんこシナリオがいいですね。働くということの映画。92で現役の山田洋次もすごいが、吉永小百合のハキハキとした発声にも感動する。

7.『怪物の木こり』三池崇史

 確かに完璧な映画ではない。日本映画特有の説明過多は目につくし、序盤のカーチェイスなどリッチな画面とは到底言い難いのだけど(しかし主人公の車を認識させることには成功している)、韓国映画らしいルックを積極的に取り入れていて、また進化しているなと思う。『コネクト』が良い刺激になったんだろうなーと。
 で、『コネクト』繋がりでいくと今回眼≒視線にこだわりがあるようで、人物らがどこを見てるのかよく分からないショットが多数あるんですよ。より正確に言うと、合ってるはずなのに微妙にズレてるような違和感がある。そういう些細な違和がサスペンスを持続させて、じゃあ誰が連続殺人鬼なのかっていうミステリー部分もうまく処理できてる。終盤の畳み掛けなんかほんとお見事で、少なくとも僕はずっと手のひらの上でした。
 あと、視線でもうひとつ。終盤、首都高を飛ばす亀梨和也の目にアンバーのハイライトが入るショットがマジで良い。人間を信じているショットだ。こういうとこ、ほんと裏切らなくて信用できる。三池親分に一生ついてくことをあらためて決意したのでした。

8.『ドリーム・ホース』ユーロス・リン

 大勢でレースを見て盛り上がるショットだけでなく、その合間合間に静謐な、あるいは孤独を感じるショットを差し込んでいるのが良い。前者はレース前、馬たちが霧の中を歩んでくるショットの美しさたるや。後者はたとえば老人たちが、リビングでチョコをつまんだり、タンスから靴下を取り出したりするわけだが、その行為自体はユーモラスでも、常にフレーム延いては空間にひとりしか居らず、孤独を匂わせる設計になっている。だからこそ「孤」それぞれが団結できるレースが盛り上がる。面白かった。

9.『aftersun/アフターサン』シャーロット・ウェルズ

 父と娘の親密さがぼんやりと分断されていく様に見入ってしまった。クリームを塗る、ゲーセンのバイクゲームで左右に揺れる、青空を舞うパラグライダー等の運動の捉え方によってバカンス映画としての強度を保持しつつ、スキューバダイビングへ向かう船上で父娘を捉えているのにもかかわらず遠景の山々にピントを合わせる、という技巧的なショットで驚かせてくれたりもする。ピントの合わない位置に並置するからこそ父娘の結びつきはより強いものに思えるのだ。
 しかしそこから各々の心理的な側面にフォーカスしていく中で、抑圧された父親の姿が浮かび上がってくる。彼のあの絶望的な海のイメージはなんだったのか。とはいえわりと抽象的に処理されている箇所が多く、そこに隔たりがあったとは言い切れない。ただ個人的には、確かな分断を感じた。しかしその分断ゆえに父娘は繋がっているかのような味わいもあって、この曖昧さが大層愛おしい。

10.『クリード 過去の逆襲』マイケル・B・ジョーダン

 素晴らしい。まず初めましてのキャラクターでも一発で覚えられる顔の役者を持ってきているのが良い。クリード引退試合の相手なんかもすぐ分かる。こういうのはすごく大事だと思う。
 それと今回の宿敵・デイム(彼も大変いい顔)には孤独な空気が付き纏っている。一人だけ締まらない衣装を身につけ、知り合いもいないパーティーでポツンと浮いているショットにはこちらも居心地が悪くなる。そんな彼がある種の不条理によって自身の夢を諦めたテッサ・トンプソンに、おそらく共通項を見出して話しかけにいく、というのもグッとくるシーンだ。とにもかくにもこういう孤独を湛えた人物にはどうしたって惹かれてしまうところもあり、のめり込んで見ることができた。

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