「妊娠を考えたら、婦人科に行く」そんな簡単なことが思い浮かばなかった

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こんなことなら、もっと前から通院してタイミングを計るべきでした。夫と復縁した2月からたっぷりと時間はあり、病院で生理周期と排卵日を把握するくらいのことは出来たはずなのに、まるでそんなことに気が回らなかった自分の迂闊さを呪いつつ、その時点で「もしかして、これ、長くかかるかもしれない……」と未来への不安が早くも頭をよぎりました。私は、婦人科系が昔から弱かったのです。そんなことは前からわかっていたはずなのに、子作りを始める前になんで検査に行こうと思わなかったのか。

高校時代、たった半年の無理なダイエット(ほぼ絶食していました。拒食症の一歩手前です……)で体がボロボロに壊れ、その後生理が自然には来なくなり、6年間婦人科に通院しなければならなかったことや、20代後半からは生理痛も排卵痛もひどく、鎮痛剤を飲む日が年々増えていたことや、自分
の年齢を考えても、ノロノロしている場合ではなかったのに、なぜ私は通院という発想にすぐに至らなかったのか……。妊娠に備えてネットでググりまくり、「妊娠中は歯の治療が困難」「歯も磨けないくらいつわりがひどい人がいる」という情報を得て、虫歯治療と歯のクリーニングは完璧に終えていたけれど、よく考えたら、歯のケアの前に子宮の検査じゃん。どう考えても、妊娠で一番使うのそこじゃん――という心境でした。

そこから、不妊治療専門のクリニックで排卵を見てもらう日々が始まりました。後から知ったのですが、最も妊娠の可能性が高いと思われる排卵日を予測し、その日に性交渉をもつことを「タイミング法」と呼ぶそうです。結果からいうと、我々は何度かのタイミング法を経て、子供を授かったことになります。 

通院し始めてから「卵子の寿命は排卵後約24時間、精子の寿命は2〜3日」という衝撃の事実を知りました。セックスというものが自分の人生に登場してからコンドームは常に必需品で、それをどう親から隠すか、彼氏がこっそり外していないか、はたまた破れていないか、とセックスに関する悩みの半分くらいは避妊に関すること、それも「作らない努力」で私のこれまでの人生は埋め尽くされてきたのに、そのほとんどが無駄とまではいわなくとも、想像以上に確率の低い話であったことを33歳にして初めて知ったのです。保健体育で習った覚えもありません。「というか、24時間しか卵子が生きてないってことは、めっちゃピンポイントでセックスしないと子供出来ませんよね……?」とお医者さんを質問攻めにしたら、正確には「6時間から24時間」だということで、卵子が受精をする力を持っているのは本当に限られた時間だということがわかりました。

そんな短命なものを1ヶ月に1回迎えるために、我々女子は人生の半分を振り回されていると思うと、なんだかため息が出ます。そして、精子はそれよりももう少し長く生きているので、卵子が生きている間に精子が女性の体内でも生き残っていて、タイミング的に重なれば着床――ということだけれど、卵子と精子が両方とも生きていても、着床率は30%だそうです。つまり、健康な男女が排卵日に性交をして、妊娠する確率がたった3割!!先生は「野球の打率で考えると、だいぶ高いでしょ」と言ったけれど、野球を見ない私にはピンときません。私の人生で馴染みがある「確率」といえば受験の時の合格率判定テストですが、判定テストで志望校への合格率が30%となれば、それはもう不合格に限りなく近いのです。その程度の合格率で「よっしゃーー!」なんてガッツポーズをしている人は見たことがありません。

「え、子供を授かるってそんなに奇跡的なことなんですか?」という衝撃を受けました。頭の中を、これまでの人生で見聞きした「望まない妊娠エピソード」が走馬灯のように駆け抜けていきます。
――中学2年生の時、隣の中学の子がうっかり妊娠しちゃって、中絶して転校したって聞いた。大学時代、生理が来ないって同じサークルの子が悩んでた。男友達が、彼女を妊娠させちゃって、中絶費用を稼ぐためにバイトしまくってるって言ってた――そんな記憶が次々と特急電車が通過するが如く頭の中をよぎり、「それらすべて、奇跡的な確率で出来た子供だったんだな……そして私も、そんな奇跡の賜物としてこの世に存在しているの
か……」と遥かなる気持ちになりました。

とにかく、妊娠に関するすべてがそうやって「聞いてないよ……もっと早く教えてよ……」の連続で、そこから血液検査、性病検査、パンツを脱いで足をパカッと開脚する内診などが日常に登場する日々が始まったのです。卵子が20ミリに達すると排卵直前だということも、この通院時期に初めて知りました。もしかしたら教科書とかに書いてあったのかもしれないけれど、毎月1回我が身を苦しめまくる生理というものが、一体どういう仕組みで起こり、体の中で何が起こっているかについて、これまであまりにも無頓着であったことを嚙みしめました。

不妊治療クリニックでは毎回、卵子の成長を診てもらい、「もうすぐ排卵!」という時期を予想してもらいました。卵子の成長具合に通院頻度は左右され、先生から「明後日は病院に来れるかな?」などの突然のリクエストもあったため、途中で病院を変えざるを得ませんでした。友達の紹介で通い始めた最初のクリニックは、先生がとても優しく熱心で信頼出来たけれど、電車で行くには不便な場所で、タクシーで往復8000円。数回しか通うつもりがなかったから、高くても「まあいっか」と思っていたけれど、日常的に通院し、頻繁に行く必要があるとなると話は別。その次のクリニックはネットに口コミなどもないところだったけれど、家から近いことを最優先させて選びました。変えてみてやっぱり正解だったので、これから妊活・不妊治療のためにクリニックを探す人には、「通院が長くなっても、通うことがストレスにならない」を選ぶ時のポイントにすることをオススメします。

クリニックを変えてからは、排卵誘発剤というお薬を使い始めましたが、家に近いクリニックに変えたのに、夫が一度もクリニックに付き添ってくれないことがこの頃は少し不満でした(前のクリニックにも「遠い」という理由で一度も来ていません)。早起きしてその日の予定を潰してクリニックに行くのも薬を飲むのも、排卵日を夫に伝えるのも私。排卵日についてちゃんと伝えたにもかかわらず「いつだっけ?」と聞き返された日には反射的に「タトゥーで顔に彫れば?」と返しました(冗談ですけど)。夫は私よりも「子供が欲しい」と思っている期間が短かったことと、生来おおらかな性格なために、そこまで焦っている様子はありませんでした。対して私は生真面目で……と書くと聞こえはよいけれど、きちきちしている分、ものごとが計画通りに行かないことに弱く、精神的に追い詰められやすいのです。そして、クリニックに何度も何度も足を運んでいるうちに、私ばかり頑張っていると思ってしまい……とはいえ「排卵誘発剤、あなたも注射してよね」と夫に言うわけにもいかないし、なんだか心に溜まったモヤモヤは解決しないまま時間が過ぎていきました。夫に自分の気持ちを打ち明けても、それはなんとなく「私の不満を聞いてもらった」ような感じがしました。妊娠に関することすべてにおいて、女と男は全く同じ熱量や体験を分かち合うことは出来ず、たとえ一緒にその場にいようとも、立場も当事者意識も全然違うということが、妊活時点で私が悟ったことのひとつです。もう少し段階が進んで、本格
的な不妊治療が始まれば共同作業感は強まるのかもしれないけれど、妊活も家事と同じで、本来女が責任者である領域を男がサポートしてあげる、という感覚が世の中にのさばっているように思いました。――とはいえ、そもそも人間は一人ひとり違うのであって、私が夫の気持ち・価値観すべてを理解出来ないのと同じように、彼も私をまるっと理解出来ないのは当然で、その決定的に別の生き物同士が、互いに折り合いをつけながら、数々の困難を乗り越え、共に人生を歩んでいくのが結婚というものなのかもしれない……とかそんなことを思いながら、胸に湧き上がる不公平感をなだめていました。
 
ちなみにこのエッセイはあくまで私の立場で書いているので、夫には夫の言い分があると思います。私には見えていなくて、夫が表で語っていない苦労もあるかもしれないな、と思いながら読んでください。例えば、夫の周りでは、妊活中はおろか、子供を授かっても妊婦健診などには一切一緒に行かない男性も多いそうです。中には出産の立会いもせず、生まれて数日後に初めて我が子を抱いたという旦那さんもいました。その人たちに比べれば、妊婦検診にほぼ毎回付き添ってくれて、両親学級にも出てくれた夫は、良い夫なのかもしれません。でも、私と彼と二人の子供なのに「毎回付き添ってくれて……」と私が恩を感じるのはおかしい気もします。このあたりの話は、相手にやってあげたことを主張し合うのではなく、やってくれたことに対して、深く考えずに「ありがとう」と感謝しておくほうが幸せでいられる気がしています。(つづく)


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