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彼氏の歌った歌

彼氏が突然、歌い始めた。「アウ!ア、アウ!アッアッアッアウ!」

奇妙なメロディーだし、心の嫌な部分をくすぐるような、不快な音楽だ。

「ねえ、それ歌うのやめてくれない?」と言うと「え、歌ってなんかないけど」と言う。何かの遊びのつもりだろうか。

歯を磨きながら。
お風呂に入りながら。
寝る前。そして服を着替えながら。
彼氏は歌い続けた。

「アウ!ア、アウ!アッアッアッアウ!」

気にはなるけれど本人は歌っていないというから、しょうがない。彼氏は、毎日歌っていたけれど、次第に気にならなくなった。

数日後。久々に実家に帰ったら、母がパンを焼きながら歌っていた。

「アウ!ア、アウ!アッアッアッアウ!」

彼氏が歌っていたあの歌だ。「ねえ、その歌どこで覚えたの?」と聞くと「え、そんなん歌ってないけど、耳おかしんちゃう?」と言われた。流行の歌が外でかかっているんだろうか。思わず、窓をたしかめる。

数か月後。お気に入りの紅茶が美味しいカフェで座っていたら、隣に座ったおじいちゃんが「コーヒー」と頼むやいなや、小声で、「アウ!ア、アウ!アッアッアッアウ!」と言う。

びっくりして横を見ると、何事もなかったかのようにしれっとした顔で新聞を広げている。

まただ。この歌は一体なんなんだ。これは日本を巻き込んだゲーム?リアル謎解きゲーム?

その時、店内の隅で静かについていたテレビから、「アウ!ア、アウ!アッアッアッアウ!」という馴染みのメロディーがきこえた。

はっとして音の聞こえるほうをみると国会中継で、首相が喋っているところだった。今、確かに、「アウ!ア、アウ!アッアッアッアウ!」と言っていた。

「お客様、紅茶のおかわり、いかがですか?」とウェイトレスがポットを持って聞きに来た。

私は無意識に答えた。
「アウ!ア、アウ!アッアッアッアウ!」


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