見出し画像

16をなぞった日


「終わった…」

1日の始まりに終わりを感じたのは、他でもない全人類の敵 "コロナ" のせいだ。

その日「全人類の敵」だったはずのそいつが、突然、「私の敵」になったのだ。

私は新社会人。

緊張と不安で自然と目が覚めた春を越え、少しずつ起床時間も遅くなってきた9月。

人間関係で悩むことも増えてきた。

いつも通り5回くらいは鳴ったであろうアラームを仕方なく停止し、会社に行く準備をする午前7時。

単身赴任のため他県に住む父と電話中の母。

なんだか慌ただしい。

「検査はいつなの?」
「いつまで休みなの?」
「体調は大丈夫なの?」 

母の話し声で察した。
どうやら、父の勤務先で陽性者が出たらしい。

濃厚接触者扱いとなった父は、陽性か陰性かに関わらず2週間外出禁止を言い渡された。

とうとう来たか。

本来であれば父への心配が先行すべきところだが、私は自分の不安、焦りでいっぱいになった。
仕事が休みの週末になると帰宅する父との接触がわずかながらあったからだ。

もし、仮に父が陽性だったら?

少なくとも母はその日1日、父と行動を共にしていたため感染しているはずだ。

母が感染していれば、私の感染も確実だ。

社内で1番下っ端の私の立場はどうなる…


ここまで私を不安にさせるのにはさらに理由があった。

ここ最近、私の住むこの地域では感染者が急増しており、比較的感染者が少なかった今までにはなかった緊張感が社内に蔓延していたからだ。
実際、いかに社内感染を防ぐかについて具体的な話し合いを行ったばかりだった。

まだろくに仕事をこなしていない、なんの結果も出していない、誰にも認められていないこのど新人のペーペー女野郎がこの会社のコロナ第1号なんかになってしまったもんなら、完全に居場所をなくす。

50人以上いる全ての社員の冷たい視線を想像して泣きそうになった。

怖かった。

入社して半年が経とうとしている今、周りから得られる無条件の優しさは既に期限切れで、日々感じる「こいつ使えない奴だ」の視線がチクチクと痛い。

そもそも私は目立つのが嫌いだ。
ひっそりとひっそりと着実にいきたい。
変なウイルスに感染した使えない新人として、社内に雑談の話題を提供するなんて御免だ。

さまざまな不安が重なり、最悪な未来が次々と頭に浮かんできた。

人間は危機的な状況に陥ると想像力がいつもの数倍冴え渡るのだと知った。5回の爆音アラームがまだ脳内に残る朝でさえ。


私と母はそれぞれ会社に電話した。

会社の応えはどちらも自宅待機だった。
父の検査結果が判明するまでは出社は危険とみなされた。

当たり前だ。

だが私は落胆した。

仕事が順調にいっていたのならここまで落胆することもなかったのだろう。事実、母は堂々としていた。

「ろくに仕事もしないくせに休むのか」と思われることが容易に想像できたから嫌だった。その言葉を否定できる実績と自信もない。

毎日休まず会社に行っているという当たり前の事実だけが今の自分を肯定できる唯一の要素だったのかもしれない。

なんて情けないんだ。

この悩みの原因は私で、解決できるのも自分しかいないのに、私よりもコロナの被害を直に受けているはずの父を恨みたくなるんだから自分が恐ろしい。

「はぁ。」

「はぁ。。」

「はぁ。。。」


わずか30分程の間に推定1年分くらいのため息をついた。

ため息は止められない。


「幸せよ、逃げていきたいなら逃げていけ」とか強気なネガティブ思考が発動したりもした。

が、せめて笑いたい。と思う自分もいた。

だって冷静に考えてみれば今日は「休日」だ。

後ろめたさは満点だが、突然やってきただけの休日なんだ。

この休日はもう帰ってこないんだぞ?

考えてもどうしようもないことに頭を悩ませてストレスで覆われた休日を過ごしていいのか?

そんなのもったいねぇ。

私の中に微かに存在する「なんとかなるさ」精神改め「もうどうとでもなれ」精神が沸々と勢力を増し、開き直ることに成功した。

開き直ることに成功した私はまず、普段は冒頭20分しか観ることができない朝の情報番組『ラヴィット』を観ることにした。

情報番組というジャンルに括られるのかは正直分からない。朝のバラエティ番組といった方が正しいのかも知れない。

朝なのに昼のような感覚になるから好きだ。
ちょっとだけ心に余裕が生まれる気がする。

あまり名の知れていない若手芸人さんがゲストだったりするとなんか嬉しい。朝から勝手にヒヤヒヤを共有させてもらえる。

そんなちょっと尖った朝番組にも占いコーナーがあるらしい。


「今日絶対最下位だよ」

なんて冗談半分で言ってみた。

本当に最下位だった。

最下位 5月生まれ

 はずれくじを引いてしまうかも。
選択は誤らないように慎重に。

開運行動は「16をなぞる」

たまたまなのか?

だとしても12分の1って中々だぞ。

普段なら落ち込むはずの最下位。

今日はむしろ、神様から「ついてない日」と正式に認められた気がして謎の安心感が生まれた。

今日がついてないだけだと思えたら、明日に希望が持てる気がした。

よし、とりあえず16をなぞろう

カレンダーの16日の16
母の見ていたチラシの16○○円の16
テレビに出てきた16歳の16

あらゆる16をなぞった。

側から見たら完全におかしな人間だった。

人生で「16」に執着する日が来るなんて思いもしなかった。

でもそんな自分があほらしくてまた笑けてきた。

16をなぞった効果なのかは分からないが、気づいた頃にはため息がとまっていた。

完全に開き直ることに成功したのだ。

完全に開き直った証拠とも言える行動が「ピザ作り」だ。

私はその日、人生で初めてピザを焼いた。

冒頭の絶望でしかなかった私に言ってあげたい。

「信じられないと思うけど、あなた数時間後にはピザ生地をこねて、発酵させて、ピザソースを作って、トマトとバジルソースを散りばめてピザを作っているよ。」

って。

相当心に余裕がないと「よし、ピザを作ろう!」という思考には至らないはずだ。発酵なんて出来ようもないはずだ。

そして、賞味期限切れの強力粉と家にあるものだけで作ったとは思えないほどとても美味しいピザが出来上がった。

これだけでとてもいい日になった。


次の日

まだ会社にはいけない。

父の検査結果は早ければ今日の夜に出るとのことだった。

ずる休みをしているような後ろめたい気持ちを消したい私は、たまにパソコンをいじったりして1日を過ごした。

そして定時の18時を過ぎた頃、父から母に電話がかかってきた。

結果は、"陰性"


晴れて私は明日から出社できる身となったのだ。

最悪の事態を免れた。

嬉しかった。
安心した。

でも周りの反応がどうしても怖かった。

皆で私の悪口を言ってるんじゃないかとか、誰も私と口を聞いてくれないんじゃないかとか、居場所がなくなってるんじゃないかとか。

唯一どんなときも私の味方でいてくれる先輩すらも離れていってしまったらどうしよう。とか。

昨日消し去ったはずの不安が次々と舞い戻ってきた。

こうして完全にネガティブ沼に陥っていると、その先輩からLINEがきた。

お疲れ様です。
体調とか悪くない?大丈夫そう?
明日会社で待ってるね😊
誰にでもあり得ることだから、問題ないよ😄
寂しいから早くおいで☺️


一気に涙が込み上げてきた。

先輩は何気なく送ってくれたのかも知れない。

でも今の自分にはその言葉が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。

不安でパンパンになっていた私の頭と心が、その先輩の言葉ひとつでクリアになっていくのが分かった。

その先輩には今までにも沢山の恩を受けてばかりで、まだ何も返せていない。

早く恩を返せるように明日も頑張ろう。

こうして仕事のモチベーションまで上げてくれるんだから感謝してもしきれない。

私も誰かの心を軽くしてあげられるような言葉をかけられる先輩のような人間になりたい。 

最後に、コロナについて

たかが濃厚接触者の接触者である私がこんなにも気落ちするのだから、実際に感染した人やその家族、友人らはどんなにつらい思いをしたのだろう。

いつの間にかただの数字にしか思えなくなるほどに日常に馴染みすぎた「今日の感染者数」

その数以上の苦しみ、葛藤、不安、絶望が隠されているんだということを想像できる人間にならなくては。

かつてのような普通の暮らしができる日が来るまで、いつもの倍、人に優しく生きよう。

めちゃくちゃシンプルな目標だけど、それがこの生きづらい世の中を乗り越えていける方法な気がする。

生きよう。

思いがけず2日お休み頂いたために、月末地獄の8連勤が確定した私も強く生きていきます。

💪

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?