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【検証コロナ禍】「マスク会食義務化」に法的根拠はあるのか?

 大阪府で新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき全国初の「まん延防止等重点措置」(以下「重点措置」)が実施されることが決まり、吉村洋文知事が措置の一環として「マスク会食義務化」を行う方針を表明したと相次いで報道された。
 だが、この措置により、飲食店の利用客に「マスク会食」の義務が生じるわけではない。事業者にマスク会食の「周知」やそれに応じない客の「入場禁止・退店」を行うよう要請、命令しても、店側が事前に承諾を得ずにマスク会食を客に強要すればトラブルが起きる恐れがあり、法的にも疑義がある。
 問題を回避するには、客に入店条件を明示して承諾を得る必要がある。

(冒頭写真はANNニュース4月2日放送より)

(注)政府が決定・公示した重点措置実施地域は大阪府、兵庫県、宮城県といった都道府県単位である。
 他方、大阪府知事が、事業者向けの措置(要請等)の適用対象としたのは大阪市であるが、住民向け措置(要請)は府全域となっている。
 本稿では、大阪を例にとって説明するが、他の2県にも同様に当てはまることに留意されたい。

「要請」段階で店側にも客側にも義務は生じない

 政府の「重点措置」実施決定を受け、大阪府が発表した措置の内容は、大阪市内の事業者に対する「営業時間短縮(20時まで)」のほか「利用者へのマスク会食実施の周知」「正当な理由なく応じない利用者の入場禁止(退場を含む)」など計10項目。
 このうち「マスク会食」に関する根拠条文は、特措法31条の6第1項が委任した政令(特措法施行令5条の5)に基づくものだ。

<新型インフルエンザ等対策特別措置法>
(感染を防止するための協力要請等)
第三十一条の六 都道府県知事は、第三十一条の四第一項に規定する事態(引用注:まん延防止等重点措置)において、(…)新型インフルエンザ等の発生の状況についての政令で定める事項を勘案して措置を講ずる必要があると認める業態に属する事業を行う者に対し、営業時間の変更その他国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するために必要な措置として政令で定める措置を講ずるよう要請することができる。

<特措法施行令>
(重点区域におけるまん延の防止のために必要な措置)
第五条の五 法第三十一条の六第一項の政令で定める措置は、次のとおりとする。
一 従業員に対する新型インフルエンザ等にかかっているかどうかについての検査を受けることの勧奨
二 当該者が事業を行う場所への入場(以下この条において単に「入場」という。)をする者についての新型インフルエンザ等の感染の防止のための整理及び誘導
三 発熱その他の新型インフルエンザ等の症状を呈している者の入場の禁止
四 手指の消毒設備の設置
五 当該者が事業を行う場所の消毒
六 入場をする者に対するマスクの着用その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に関する措置の周知
七 正当な理由がなく前号に規定する措置を講じない者の入場の禁止
八 前各号に掲げるもののほか、法第三十一条の四第一項に規定する事態において、新型インフルエンザ等のまん延の防止のために必要な措置として厚生労働大臣が定めて公示するもの 

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大阪府資料

 これにより、大阪市内の飲食店などは、客にマスク会食を実施するよう周知したり、正当な理由なく応じない客の入場禁止や退場をすることが求められるが、知事による「要請」段階では、事業者に、そうした対応を行うべき法的義務が生じるわけではない。時短要請などと同様、要請に応じなかったとしても、ただちに不利益が生じるわけではない。

 一方、利用客(府民)にも「4人以下のマスク会食」などが要請されている。
 根拠条文は特措法31条の6第2項で、「その他の新型インフルエンザ等の感染の防止に必要な協力を要請することができる」の「必要な協力」として盛り込んだと考えられる。
 しかし、これとて条文から明らかなように、協力を要請できるだけなので、利用客に「マスク会食」を行うべき法的義務が生じるわけではない。

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大阪府の資料

「命令」発出後は店側にだけ義務が生じる

 問題は「命令」発出後の事業者と利用客の関係である。

 知事が正当な理由なく要請に応じなかった事業者に対して命令を出した場合、事業者側には、マスク会食実施の周知、応じない利用客の入場禁止や退場を求めるべき法的義務が生じることになる(特措法31条の6第3項)。命令に従わなかった事業者には過料が課される。

 (命令の前提として「国民生活及び国民経済に甚大な影響を及ぼすおそれがある重点区域における新型インフルエンザ等のまん延を防止するため特に必要があると認めるときに限り」という要件、すなわち「高度な必要性」を満たす必要があるが、ここでは深入りしない。)

 他方、利用客側は、特措法上、「マスク会食」を行うべき法的義務を負わない。この点は、知事の命令が事業者に出されても変わらない。特措法上、命令の対象は事業者であって、利用客ではないからである。
 大阪府の想定問答集(FAQ)にも「要請(府民への呼びかけ)ですので、命令の発出、及び命令違反者に対する過料の措置はありませんが、ご協力をお願いします」と書かれているにとどまる。

 したがって、知事の命令が出ると、入場禁止・退場を求めるべき法的義務を負った店が、マスク会食の法的義務を負わない客と対峙する関係になってしまう。
 こうした状況で店側がマスク会食に応じない客を無理にでも退店させなければならないとすると、大きなトラブルとなる恐れがある。
 仮に、命令の内容を「客に退店を促す」よう求めるにとどめていれば、無理に退店させなくても促すだけで命令に従ったことになるが、「促す」だけでもやりようによっては、十分にトラブルに発展し得るだろう。

 そもそも、法的義務なきことを強要すれば「強要罪」(刑法223条)に該当する可能性もある(会食の途中で「マスク会食に応じなければ退店させる」といえば害悪の告知となり得る)。「要請」段階であれ「命令」段階であれ、マスク会食の法的義務を負わない客に強いることは法的リスクがあるということだ。
 マスク会食を強要しても、知事の要請・命令を受けて行ったものだから、正当な業務行為(刑法35条)として違法性が阻却されるかもしれないが、それでもやはり、事業者に対し、法的義務を負わない行為を客に強いることを知事が命令で強制することは問題がある。

要請に応じるなら入店条件の明示・承諾が必要

 こうした法制度上の問題や現場のトラブルを回避するには、店側が客に対してマスク会食(に応じない場合は退店させること)を入店条件として明示し、承諾した客だけ入店させるしかないのではないかと思われる。その際、一般に共通理解があるとは言い難い「マスク会食」の定義も明確にしておくことがトラブルの防止になるだろう。
 マスク会食の「周知」だけでは足りない。それだけだと、応じるかどうかは客次第となる。
 当事者間の合意があれば、法律的に言えば、マスク会食を行うべき契約上の義務が発生するので、仮にこれに反した客がいたとしても、退店させる法的根拠が得られる。
 逆に言えば、あらかじめマスク会食を入店条件として明示し、客から承諾を得ていない店が、知事の要請や命令を盾にして、客にマスク会食を強要したり、応じない客を退店させるべきではないということだ。

 もし私が大阪府の法律顧問で、事業者への措置(命令対象)に「マスク会食」をどうしても入れたいと言われれば、漠然と「マスク会食実施の周知」「応じない者の入場禁止・退店」とするのではなく、「マスク会食実施を入店条件として明示すること」「入店条件に承諾しない客の入店禁止や、条件に違反した客の退店」と明記すべきとアドバイスするであろう。府としての「マスク会食」の定義もあわせて示すべきだろう。
 そうすれば、どの店が要請に応じているか外形的に確認しやすくなるし、客にとってもわかりやすく、トラブルを回避できるはずだ。

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