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【検証コロナ禍】緊急事態宣言「再延長8割が肯定」世論調査に疑義あり 最多の回答は「感染拡大」前提

 日本経済新聞社とテレビ東京が2月下旬に実施した世論調査で首都圏に発令中の緊急事態宣言の「再延長」を求める回答が8割を超えた、と報じた。内訳で最も多かったのは「感染拡大が続く一部地域に絞って延長すべきだ」という選択肢の57%だった。
 だが、そもそも「感染拡大が続く一部地域」とは、どこを指すのだろうか。実は、感染 "拡大" か "減少" かを示す実効再生産数は、世論調査の時点でどこも減少を示す「1未満」になっていた。結果的に「感染拡大」という事実誤認に基づく回答に誘導したことにならないだろうか。
(冒頭写真は3月1日テレビ東京放送の世論調査解説の一画面より)

日経世論調査の選択肢

 日本経済新聞の3月1日付朝刊1面に「緊急事態『再延長を』8割」という見出しが踊った。

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 この世論調査は日経リサーチが2月26〜28日に実施し、全国の18歳以上の男女を対象に電話で974件の回答を得たという。
 その結果、

首都圏への緊急事態宣言には「感染拡大が続く一部地域に絞って延長すべきだ」が57%、「発令中の地域全てで延長すべきだ」は26%だった。合計で83%になる。「全ての地域で解除すべきだ」は12%にとどまった。(日本経済新聞、3月1日付朝刊、筆者太字)

とのことだ。

 だが、このうち「感染拡大が続く一部地域に絞って延長すべきだ」という選択肢には疑問がある。
 世論調査の実施時の1都3県の実効再生産数は、いずれも減少・収束傾向もしくは横ばいを意味する「1未満」であり、「感染拡大が続く一部地域」という前提条件が現実には満たされていなかったと考えられるからだ。

世論調査時点の首都圏の実効再生産数は

 次のグラフは、NHK特設サイトに掲載されているものだ。

【2月25日時点の1都3県の実効再生産数】

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(いずれもNHK特設サイト=3月2日確認=より)

 改めて説明すると、実効再生産数とは、「1人の感染者が平均して何人に感染させるか」を示す指標だ。この数字が高いほど感染が急速に拡大していることを意味し、逆に1未満の期間が続けば「感染が収束しつつある」ことを意味する(しばしば「R」と表記される)。

 1都3県とも、1月21日ごろから1未満、すなわち「感染減少」に転じている。その後、1ヶ月以上、0.8〜0.9の水準を持続している。
 神奈川と千葉は2月25日の直前に上昇に転じ、0.95、0.98という数字はほぼ横ばいを意味するが、1以上の「感染拡大」にはなっていない(1未満でも感染者が日々発生している間は「感染拡大」という表現も間違いではないという指摘があるかもしれない。だが、1日1人発生しただけでも「感染拡大」と言えるのかというになる)。
 したがって「感染拡大が続く一部地域に絞って延長すべきだ」という一見、最も選択しやすそうな回答は、この時の首都圏には当てはまらないのではないか。

 この世論調査では、回答者に対し首都圏の状況が「感染拡大」局面にあるのか「感染減少」局面にあるのか、前提となる情報を与えていない。
 「わからない」を除くと、

「発令中の地域全てで延長すべきだ」
「感染拡大が続く一部地域に絞って延長すべきだ」
「全ての地域で解除すべきだ」

の3択で、この問いについてそれほど強い意見を持たず、どちらかといえば不安を持っている人は2つ目を選ぶだろう。
 この回答を選んだ人の中には「今も感染拡大が続き地域がある」と漠然と(誤)認識したケースも少なくないと推測される

1月も同じ選択肢で「9割が延長支持」と報道

 日経は1月下旬の世論調査でも同じ質問・回答を行っており、その時は「9割」が再延長を支持していると報じていた。

緊急事態に関しては「発令中の地域全てで延長すべきだ」と「感染拡大が続く一部地域に絞って延長すべきだ」がいずれも45%だった。合計した「延長論」は90%となる。「全ての地域で解除すべきだ」は6%にとどまった。

 この時も「感染拡大が続く一部地域に絞って延長すべきだ」という選択肢が設けられたが、先ほど見たように、この時点ですでに1都3県の実効再生産数は1週間以上、1未満が続いていた

 これが報道されたのも、2月7日の期限を前に、再延長すべきか否かが議論になっていた時だ。日経の報道翌日、2日夜に菅義偉首相は栃木県を除く再延長を決定した。もちろん政府は、感染状況などの指標に基づいて判断したというだろう。
 だが、「再延長を望む世論が9割」と報道されて、それと異なる政策決定を行うことは、誰であっても極めて難しいことに違いない。
 ちなみに「再延長をすべきかどうか」の質問に入れた世論調査は、私が調べた限り、日経しかない。

もしより正確な選択肢だったら?

 ここでは、この世論調査の結果が誤りであるとか、実は再延長を望む声が多いわけではない、といったことを指摘したいのではない。
 もっと深刻な問題だ。
 メディア関係者あるいは世論調査の実施者も、上記のような問題に気づかず、漫然と「感染拡大」という言葉を使って、意図せずに回答を誘導してしまい「再延長」世論を再生産し、政策決定にも何かしら影響を与えている可能性だ。

 仮に、「感染者数は日々変わりますが、現在は1都3県とも減少傾向が続いています」という情報を回答者に与えた上で、

「現在の減少傾向が続くなら解除すべきだが、感染拡大に転じた場合は地域に限って延長すべきだ」

という、よりまともな選択肢が設けられていたら、どうであろうか。
 これを選んだ人が最も多かった場合、再延長支持「8割」とか「9割」という見出しにはならなかったであろう。「現況が維持されたら解除支持●割」となっていた可能性もある。

漫然と繰り返される「感染拡大」という呪文

 現在、「感染拡大」の局面にあるのか「感染減少(収束)」の局面にあるのかを示す「実効再生産数」という指標があるのに、メディアはなぜかほとんど使いたがらない(今年1月以降、在京6紙で「実効再生産数」を見出しに用いた記事は1本=東京新聞社説=のみ)。
 以前から継続的に伝えているモーニングCROSS=TOKYO MX=のような例外もあるし、NHKは最近になって特設サイトのデータ集の一つとして掲載している。
 だが、大半のメディアがそうならないのは、政府・自治体が実効再生産数を発表しておらず、行政に頼らず独自に算出して報道するリスクを避け、「1日の新規感染者数」を発表された通りに報道するのが最も無難だから、と考えているからではないか。

 改めて注意喚起したいのは、政府・自治体のアナウンス、メディアの報道が日々「感染拡大」という表現をほとんど枕詞(まくらことば)、呪文のように使っていることだ。
 「新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受け・・」というような表現はほぼ定型化してしまっている。

 首都圏の実効再生産数がずっと1未満だった2月の1ヶ月間、新聞データベースGサーチで「感染拡大」で検索した結果が以下の通りだ。

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 報道する側は、単に業務的に同じ言葉を使うことがルーティン化しており、何の意識も意図も働いていないのかもしれない。
 だが、言葉遣いは人間の心理に深く影響する。
 何気なく使っている無難な表現が、出口の見えないコロナ禍の閉塞感をますます深める要因になっていないか。
 ジャーナリスト、メディア関係者は、よく考えてほしい。

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