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【ドクター・中松の哲学】奇人か鬼神か。天才発明家なのか、ただの目立ちたがり屋なのか。

「あれは、私のマネっこだよ!」

 NIKEの厚底シューズ『ヴェイパーフライ』が世間の牛耳をとったことに、日本が誇る発明王ドクター・中松は、独特の雰囲気を纏った眼差しでぶちかました。

 マネとは、自身が発明した『フライングシューズ』を指す。

 一昨年の箱根駅伝で80%以上もの選手が履いて走ったNIKEの「ヴェイパーフライ ネクスト%」が世界中を席巻しているとき、ほんの一部のメディアではドクター・中松の「スーパーピョンピョンシューズ」を引き合いに出してもいた。

 ただ、本人に取材したものは見当たらず、イジるだけのものばかりだった。そうだ。いつも彼はイロモノ扱いされてきた。昔も、今も。


開口一番からドクター・中松ワールド全開

 マラソンの新記録を続出させ、長距離界を席巻しているナイキ社の厚底シューズ「ヴェイパーフライ」が話題となっているが、どうせなら、ちゃんと本人に聞きたい。

 そう思っていた私にNumber編集部から「取材しません?」とお声がかったのは、2020年2月に入ってからのこと。我々は、アポを取って、しっかり時間を頂いた上で、91歳(当時)にして明晰な氏の真意を聞くことにした。

 事務所に着くと、スーパーM.E.N.を装着した氏がデスクで仕事をしていた。取材日が新型コロナウィルス騒動の渦中だったこともあり、様々なウィルスから人類を守るために開発した新型マスク姿だ。

「M.E.N.とは『お面』の意味とね、M:MOUTH=口、E:EYE =目、N:NOSE=鼻の意味があるんだよ」

 開口一番からドクター・中松ワールド全開。中松金言集なインタビューとなった。


ジョギングには欠点がある!

『ヴェイパーフライ』と対をなす『フライングシューズ』の発想の原点は、80年代に巻き起こったジョギングブームだった。

「ジョギングを提唱した人がね、42歳で亡くなったんです。おかしいでしょ? 健康にいいですよ!と言った本人がその若さで亡くなるって。

どうしてだろうと調べてみてね、仮説を立てたわけです。ジョギングは身体に悪いんじゃないかという仮説をね」

 え? ジョギングが身体に悪い? その真意を問いただすと、ジョギングのネガティブ要素へと話は展開した。 

「ジョギングにも良い面はありますよ。でもね、欠点があったんです。その欠点を消すことが開発の出発点になりました。それは、ジョギングはウォーキングよりも3倍のGがかかることが分かったんです。
地球上で私たちが受けている重力は1G。その3倍の力が足首や膝、腰を負荷を与え、内臓や脳細部にも悪い影響を与えるのです。その3Gを軽減させることが新シューズの開発となりました」

 氏の言葉をシューズ目線の言い方にすると、衝撃吸収が開発の出発点となった。

「その3Gの衝撃を吸収するためにたどり着いた私の答えが、〝バネ〟の力を応用することでした。さらに、その3Gという運動エネルギーを吸収するだけでなく、前に進む推進力にも変換していくこと。
つまりね、ジョギングの持つネガティブな要素をポジティブにしたのが『フライングシューズ』なわけです」

 フライングシューズを履いたドクター中松がぴょんぴょんと跳ねながら都知事選など公職選挙に出ている映像を覚えている人はいるだろう。

「私が開発した『フライングシューズ』は、ジョギングブームが起きた昭和の時代に開発を重ねて、平成元年に特許を申請していいます」

 そう言って我々に、特許申請書を見せてくれた。確かにそこには「平成元年」の文字があった。


やっと時代が追いついたのだ!

 NIKEの『ヴェイパーフライ」とドクター中松が開発した『フライングシューズ』の相違点は何なのだろうか? そして、30年以上も前に実用化を実現していた身からすると、今の状況をどう捉えているのだろうか? 

「類似点を言えばね、バネを使ったということ。あちらはカーボン素材だけども、バネの持つ力を使って衝撃を推進力に変換する原理は同じ。それと、運動効率は私のが上じゃないかな? 少なくとも私のは10分の運動で30分の効果を期待できる。
それが今、令和の時代にようやくマネしてきたのか、やっと時代が追いついたのかとそんな気持ちだね。でも、遅いよ(笑)」

 私たちは、『フライングシューズ』の最新化形態『スーパーぴょんぴょんシューズ』をお借りして履いてみた。

 まず、立っての静止が難しい。それは地面との接地面が、アールになったバネを点で捉えていたからだ。まるで生まれたての小鹿のようだった。

 必然的に上下に軽く跳ねると安定する。トランポリンのようで、これだけで楽しい。そして、跳ねたまま少しずつ前傾姿勢になると、勝手に走り出してしまうじゃないか。

 一歩を踏み込むとバネがその衝撃を確かに吸収する。そして、そのエネルギーが推進力に変換されて遅れてやってくる。まるで重力の違う月か別の惑星を浮遊しているような感覚に襲われた。


未来のシューズは?

 NIKEは反発性という言い方で、さらなる推進力を獲得しようと、もっと進化したシューズを出していくと言われている。果たして、改良を重ねてきた『フライングシューズ』の第四世代は生まれるのだろうか? そして、氏が考える未来のシューズへと話は移っていった。

「第四世代の開発は始めていますよ。衝撃吸収は解決できたのでね、次のターゲットは、推進力の向上。あちらさんの何倍もの推進力を持った、絶対に追いつかない『スーパー・フライングシューズ』をそのうちお見せしますよ(笑)。
それはそうと、例えば50年後とか、未来のシューズって、どうなると思う? 私は見通せています。これも開発を始めていてね、『インディビデュアル トランスポーテーション』と呼んでいます。まず前提として、車がなくなります。トヨタがなくなるってことかな(笑)。
どういうことかって言うと、エンジンをつけた箱で移動する〝箱乗り〟なんて古いわけよ。各個人が自由に移動する時代が、ある種の〝移動革命〟がおきます。そのとき、私たちのシューズも大きく変化する。私は今、燃料電池を動力にした車輪が搭載されたシューズ、個人輸送機を開発中です」

 もしよろしければ…と思い切って開発中の試作機の写真を見せてもらうと、ラジコンカーの上にシューズが乗っているようなデザインだった。


機内で頭をぶつけた過去

 ドクター・中松氏の逸話は数知れない。

 あまりに突き抜けた発想とエンターテイメントな振る舞いに関心を持たざるを得ない側面もある。そんな氏に少しカジュアルな質問をして、その人物像を探してみた。

「『フライングシューズ』のネーミング理由かい? ほら、水泳でも陸上競技でも先に前に飛び出すことを〝フライング〟と呼ぶように、飛ぶように前にという意味を持たせてフライングと付けたの。
でも、みんな『ぴょんぴょん』って言うのよ。ぴょんぴょんはトランポリンのように上下に跳ねることでしょ? 上じゃない、前なの。違うのよね」

 あら? 何かおかしくないか。

 マイナーチェンジを重ねた第二世代は『ぴょんぴょんシューズ』、最新型である第三世代は『スーパーぴょんぴょんシューズ』という商品名になっている。ポリシーはどこへ行ってしまったのだろうか?

「ぴょんぴょんの方がみんなに馴染みがあるならって、名前を変えちゃった(笑)。でもね、今開発中の第四世代は『スーパーフライングシューズ』と名前を戻すつもり」

 開発者本人がTVなどに出演するとき以外、つまり日常的にフライングシューズを履いていたのか、一つの噂話を持ち出して、その真相を聞き出してみた。

「飛行機にフライングシューズを履いたまま乗ろうとしたことがあって、機内で跳ねちゃって天井に頭をぶつけたって話、あれは本当です。おかげでスチュワーデスさんに注意されちゃってね、仕方ないからフライングシューズを脱ぎました。機内って天井低いんだよ」


人間とテクノロジーについて、意外な見解

 箱根駅伝で軒並み記録が更新されたが、シューズという道具のおかげだと言われる選手には複雑な感情が残る。努力したのは自分なのに道具の恩恵を受けたと言われるからだ。

 そこで、人間と道具の正しい距離感を氏はどう捉えているのか聞いてみた。

「人間と道具の正しい距離感か。それはね、私の中ではっきりしている。人間をA、道具をBとすると、能力はA+Bになるよね? Aはさらに肉体と精神に分けられるけど、どちらも努力によってその能力を上げることができる。
でも、Bは設定した能力以上に成長はしません。もちろん、より性能の高い道具を使えば、全体能力は上がるけど、最大出力を上げていくのは、Aつまり、人間の努力なのです」

 エンジニアらしい答え方に乗っかる形ですかさず聞いた。Aの肉体と精神はどちらが大切なのか?

「精神です。肉体はメカだよね。鍛えることは可能だけど、そのメカを動かすのは司令塔である精神。
だからね、駅伝を走った若い子たちは精神を鍛え、肉体を鍛えたわけだから、最新シューズ=道具のおかげだ!などと言う外野なんて気にしなくていい。頑張ったのはあなただ」

 会話の流れで「私はスポーツマン。だからね、アスリートの気持ちがよくわかるよ」と言って科学者らしからぬ一面を見せた氏。

 聞くと、東大野球部のピッチャー出身。海軍時代はラグビー部で、足が速かったためポジションはウィング。さらに10kmの遠泳を12時間やらされた話をしてくれた。

 この辺りから取材の流れが大きく変わっていった。行動そのものがエキセントリックで、発言もキテレツ。インスタのなかった時代に抜群の映像映えをしていた人でもあったが、いづれにしても圧倒的なエンターテイメント性を兼ね備えた異人だ。

 しかし、そういった表面的な人物像しか知りえていないままでは、私たちも世間一般の評価同様、エキセントリックな変人のように思うままで終わってしまう。

 今でもジムに行き、筋トレを欠かせないというドクター・中松は東大工学部卒であり、博士号をいくつも取得している才覚を持ち合わせている。

 そこで、思い切って懐に飛び込む気持ちで、最新技術を引き合いに氏の深部に入り込むような質問をしてみた。

 テクノロジーの進化は著しく、新素材の開発スピードも速い。それは、開発速度を早めることにつながる一方で、シンギュラリティ(技術的特異点)と言われるように、技術が人間の先に行ってしまう懸念の声もよく見聞きする。ドクター・中松目線ではどう考えているのだろうか?

「技術が人間の先に行ってしまう懸念なんて、持っていないね。AI(人工知能)のことで特に言われるけど、私に言わせれば、テクノロジーをよく知っていない文化系の人が言うセリフなんだよ。
素材はエレメントに過ぎない。テクノロジーもメインパーツではない。そもそもね、その最新テクノロジーだって人間の手によって生まれてくるのです。人間が作るものである以上、テクノロジーが人間を凌駕するなんてことは全くない」


私は愛。あちらはマネー

 日本人で初めてMLBで始球式をしたのは氏だ。世界の幾つもの都市で『ドクター中松DAY』が存在するほど海外での評価は高い。国内事情とはやや温度差が存在するドクター中松の発明家としての信条を聞きたくなった。

「『エンジニアではない。文ジニアであれ!』ということです。つまり文系と理系のハイブリッド。フライングシューズも医学とエンジニアリングのハイブリッド。身体の構造を理解しない開発できないでしょ」

 ハイブリッドであれ。多様化する現代社会に必要なスキルだ。一方で、発明はひらめきみたいな直感的な要素だと思っている人は多いのではないだろうか。

「あなたが言うように、発明と聞くと皆さん〝ひらめき〟と思っているんだけどね、違うの。
まず理論。理論上破綻しないか、しっかり設計することです。その次にひらめき。他と違う、誰よりも新しい先進的なアイデアと言い換えるとわかりやすいでしょう。そして、実装です。実用化しないと意味がないじゃない。理論・アイデア・実用化が伴ってはじめて発明なの」

 何台売れたのか?と話題を振ると、「営業的な数字は把握していない」と煙に巻かれたが、フライングシューズは2万円せず、NIKEのヴェイパーフライより安い。価格設定も意識しているのだろうか? 

「私の発明品は一般の人が手にしやすい価格になっています。『スーパーM.E.N.』も3000円程度ですよ。多くの人に使ってもらって健康になってもらいたいわけですから、庶民が買える値段設定にしないとね。
素材選びも、構造も、仕様は出来る限りありモノを使う。カーボンは有能な素材だけど、とにかく高い。金儲けのために開発しているわけじゃないんですよ」

 ドクター中松といえば、灯油ポンプ『サイフォン』を直ぐに思い出す。あれは、苦労していた母親を助けたいと思った当時中学生の中松少年が開発したというエピソードは有名だ。未来における発明哲学はどうあるべきだと思っているのだろうか?

「いい質問だ。私はね、尊敬する人は誰ですか?と聞かれたら母親と答える。頭が良くて、素晴らしい人間だった。その母をなんとかしたいと思ったことがモチベーションになったわけです。根底には〝愛〟があるわけですよ」

 それは、母と息子という関係性ならではの親孝行という愛か? そう単刀直入に聞くときっぱり否定した。

「もっと普遍的な大きな愛だよ。今日のテーマのフライングシューズもジョギングの欠点を取り除いて、より快適なジョギングライフを送って欲しいという気持ちから開発した。それも愛。
私にはね、『人々が幸せになったことを喜びとする』という考えがあって、私の発明の原点は『愛』なんだ。でも、あちらさんはマネーだね。マネーは履かない(儚い)」


ドクター・中松の「スーパーピョンピョンシューズ」のインプレションをしつつ、NIKEの「ヴェイパーフライ ネクスト%」を履いて「スーパーピョンピョンシューズ」を装着するという人類初!?の偉業を成した話はこちら。


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