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【1】〝オンライン診察〟名取はなぜ、低体温症でリタイアしたのか?

 コロナに振り回された2020年も冬シーズンが到来。山中で長時間行動するトレイルランニングのみならず、あらゆるアウトドアアクティビティには低体温症を招く危険がある。

 そこで2019年のウルトラトレイル・マウ ントフジ(UTMF)約56km地点で低体温症のためリタイアした若手の名取将大選手の事例をもとに、「情熱大陸」(TBSテレビ)でも取り上げられた山岳医の大城和恵先生に紐解いてもらう企画を立て、『トレイルラン2019_20 秋冬号』に特別コラムとして掲載した内容を加筆・修正して再掲します。

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 山岳地帯での低体温症と言えば、2009年7月、ツアーガイドを含む登山者8名が死亡 したトムラウシ山遭難事故が思い出される。

 2009年7月16日早朝から夕方にかけて北海道大雪山系トムラウシ山が悪天候に見舞われ、ツアーガイドを含む登山者8名が低体温症で死亡した事故。夏山の山岳遭難事故としては近年まれにみる数の死者を出した惨事となった。

 トムラウシ山遭難事故およそ10年後の2019年。4月26日から開催された国内最大のウルトラトレイルレース『UTMF』は、降雨、気温低下、降雪という悪天候に見舞われた。

 大会に出場した名取将大選手もその状況に翻弄されたひとり。 約56km地点で低体温症のためリタイアしていた。

名取「はじめまして!名取と申します。UTMFで僕の体に何が起きたのか知りたいと思っています」

大城「早速なんだけど、どんな経緯でリタイアしたのか教えてくれますか?」


 こうして「名取はなぜ、低体温症でリタイアしたのか?」を紐解く〝オンライン診察〟が始まった。

リタイアの真相〜名取に何があったのか?

名取「レースのスタートはお昼の12時でした。最初の30kmは標高で300m下る感じで、富士宮のエイドを出るときも元気でした」

大城「そこから標高1300mまで 一気に800mもアップしているようだけど、ここでの変化は?」

名取「登りきって稜線に出てからですかね、徐々に寒さを感じ始めてきたのは。標高図だと平坦に見えますけど、細かいアップダウンが続ところで、稜線に吹く冷たい風がダイレクトに当たって、少しガタガタし始めました」
大城「脚は動いていましたか?」

名取「まだ動いていました。でも、このころから、もしかしたら低体温症かもしれないって気づいていたので、 下りを走って体温を上げようとしたんですけど、登りになると急激にペースダウンして、体が冷えてしまいました」

大城「その直後くらいですか、青いグラフが落ちてしまうのは?」

名取「はい、そうです。グラフCの位置は山小屋でエマージェンシーブランケットをかぶって横になっている時だと思います」

大城「心拍が落ちているので、横になっているときでしょうね。グラフのDは?」

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名取「補給食がエネルギーに変換されたからか、下りは動けたんです。そのおかげか心拍も安定しましたし、下にはエイドがあることを知っていたので、そこまで頑張るぞ!と、その一念で体を動かしていました」

大城「グラフEはそのエイドにいるときかな? どんな過ごし方をしましたか?」

名取「レースを続けるか、やめるか、ここでの回復次第だと思っていたので、 30分ほど滞在しました。富士宮焼きそばも食べられたし、コーラも飲めましたし、胃腸系から拒否反応はなかったので、これはイケるかも、 と思ったことを覚えています。温かいスープも味噌汁も積極的に口にし て、体の中から温めようと考えていたのがグラフEからFの間になります」
大城「休憩したことで心拍も安定したし、体が回復する手応えがあって、次に向かったんですね? ところが……」

名取「はい。ところがなんです。エイドを出てすぐ、夜の8時すぎでもあったから、めちゃめちゃ寒かったんですよ。これはヤバいって思いました」
大城「グラフFまでのパートは、標高がどんどん上がるところじゃないけど、走れたの?」

名取「それが、大きい岩場が連続する走りにくいコースだったんですよ。 女子のトップと同じ位置くらいだったんですけど、僕だけ路面に対応しきれ ていない走りというか、それで、思ったよりも心拍も上げられず、体を動かせられなかったです」

大城「そしてグラフFの地点ということですね。ここでの症状は?」

名取「うまく走れないし、寒さで動けくなって、トレイルの茂みで少し休んでいたんですよ。後続のランナーから「大丈夫ですか?」と声をかけられて、それに反応すること自体が面倒くさくてヘッドライトを消したんです」

大城「その後、フラフラしながら係の人がいるところまで頑張って進んで、リタイアしたということですね」


そもそも、低体温症とは?

名取「先生、そもそも低体温症ってなんですか?」

大城「深部体温って聞いたことある? 臓器の温度のことなんだけど、普段37.5度から38度くらいに保たれていて、その臓器温度が35度を下回る状態を低体温症といいます」

名取「どういう症状が起こるんですか?」

大城「ガタガタ震えてくる軽度なものから、筋肉が硬直し昏睡状態になるこ重度なものまで、様々な臓器が段階的に機能しなくなり、死に至る症状です」

名取「山以外でも起こるものなんですか?」

大城「山岳事故はイメージしやすいだろうけど、水難事故などの遭難要因でも起きます。アルコールによる泥酔や薬物中毒、低血糖や低栄養など都市型要因のものもあって、対処法はシンプルで、落ちてしまった深部体温を正常に戻すことです」

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スタートダッシュが特徴の名取選手。この日も海外のトップ選手の走りを真横で肌で感じようとスタートからギアをあげた。

低体温症のメカニズム〜名取の体に何が起きたのか?

 名取は自分の体に何が起きたのか知りたくなり、彼らしくストレートに大城先生に質問を投げかけた。

 後編は、名取選手の体に起きた症状を紐解きながら、低体温症のメカニズムをご紹介し、十分な栄養補給をして復活した!とエイドを飛び出すも、直後にフラフラになった理由。そして、低体温症の原因と対策のお話です。


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<前編は全文公開の投げ銭制です。ぜひ、投げ入れてください!>

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