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ドクター・中松を取材した話 〜先生!と連呼するまでのインタビュー記録〜

取材をするときには必ず本テーマがある。時と場合によるが、欲しい言葉というか、事前リサーチから類推して取材対象者からの"答え"を想定することもある。その本テーマから脱線して、想定外な展開に転ぶこともたまにあるのだけど、それは大歓迎と思うたちなほうで、思わぬ本音とか拾えるチャンスになることもある。

一方で、裏テーマも懐に隠していたりする。これはほぼ自己満なテーマ設定であったりするのがほとんどで、個人的なひそやかなゴール設定ととでも言おうか。この隠し持っていた裏テーマが本テーマに食い込んでくることが、ままある。今回はそういうお話です。

さて、Sports Graphic Number Do 2020 vol.37「ランニングを科学する」(2020年3月18日発売)のほぼ巻末(P100〜P103)に『ドクター・中松 大いに吠える』と題された記事を書かせて頂いた。

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箱根駅伝で80%以上もの選手が履いて走ったNIKEの「ヴェイパーフライ ネクスト%」が世界中を席巻しているとき、ほんの一部のメディアではドクター・中松の「スーパーピョンピョンシューズ」を引き合いに出してもいた。ただ、本人に取材したものは見当たらず、いじるだけのものばかりだった。

どうせなら、ちゃんと本人に聞きたい。そう思っていた私にNumber編集部から「取材しません?」とお声がかったのは、2月に入ってからのこと。

エキセントリックで目立ちたがり屋な発明家

少しオールドな方なら、灯油ポンプ『サイフォン』を思い出す人もいるかもしれない。苦労していた母親を助けたいと思った当時中学生の中松少年が開発したというエピソードは有名で、フロッピーディスクの開発者として記憶している人もいることだろう。

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でも、多くの人は"都知事選に出る変なおじいちゃん"という印象を持っているのでは? もしくは、選挙の時に履いていた謎のシューズ姿を思い出す人もいることでしょう。

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行動そのものがエキセントリックで、発言もキテレツで、インスタのなかった時代に抜群の映像映えをしていた人でもあったことから、イロモノのような扱いをされていたけど、僕自身はむしろ好意的な興味関心を持っていた。

取材のお誘いを「いいっすよ!」と素っ気なく短文で返事をした私の内心は「マジか!?ドクター中松に会えるのか!」と小躍りしながら高揚したことを覚えている。

どうお呼びしたらいいか?

お仕事として聞くことはシンプルだった。
「ドクター・中松は、NIKEの厚底シューズ『ヴェイパーフライ ネクスト%』をどう思っているのか?」。ついでに、比較対象となる「フライングシューズの開発秘話」なるものを聞き出すこと。

私が先だ!
あれは私のマネだ!

と言うに決まっている。しかも我々の期待通りに"吠えてくれる"と想定していた。そして、その通りだった(笑)。

だけど、ファンのような気持ちをどこかに抱いていた私は、そのまま終わることがとても惜しく感じられ、あまり語られていない「発明家としての顔」「人間・中松義郎」を引き出したい気持ちを密かに抱えながら取材に臨んでいた。たとえ記事にならなくても、聞いちゃえ!という気持ちで。これが隠し持つ裏テーマとなった。

そのためには、雰囲気作りというか「こいつなら話してもいいかな」と思ってもらえる関係性を瞬時に構築する必要があった。初対面での限られた取材時間の中でそれは、なかなかハードルが高いものだ。

事前に調べることは仕事のうちでもあり、初対面のドクター・中松についても調べた。HPの会社概要にはこうあった。

社名:ドクター中松創研
創業:昭和32年6月26日
資本金:1億円
代表取締役:中松義郎 博士(ドクター・中松)
本社:東京都世田谷区

東大工学部を卒業後、三井物産に就職。ヘリコプターの営業に携わり、この際にヘリコプターによる農薬散布を発案したそうな。Wikipediaを見るだけで、少々疲れてしまうほどのボリュームだった。

ドクター中松創研に伺うと地下に通され、話題(?)の「スーパーメン SUPER M.E.N.」を装着したドクター・中松先生が書類に埋もれるように座っていた。

「セッティングなどしますので、少々お待ち下さい」

同行した編集者がそう言って、カメラマンが準備を始めた。私はその間に秘書の方にこっそり耳打ちした。

どのようにお呼びしたらいいですか?
中松さん? ドクター中松さん? 「先生」はつけたほうがいいですか?

秘書の方のアドバイスは「ドクター・中松先生」だった。

アドバイス通り、インタビュー当初は「ドクター・中松先生」と呼ばせて頂いていたけど、まどろっこしかったこともあって途中から「中松先生」に意識的に変更。一通りNIKE話や開発秘話を聞き出したところで、今日の自分のゴールを見つけた。

それは「先生っ!」と呼ぶこと。あくまでもリスペクトをきちんと含んだ上でのドクター・中松いぢりを「先生っ!」と呼ぶことで行うことだった。裏テーマを手に入れるためのゴール設定となった。

「先生!」と呼ぶいじり芸の発動プロセス

STEP①リサーチ情報の小出し化

一通りNIKE話や開発秘話を聞き出したP102の冒頭あたりから小出しが始まる。その小出しとは、「こいつなら話してもいいかな」と思ってもらえる関係性作りとして、ちゃんと事前リサーチしてきていると感じてもらうことは、インタビューの初歩の初歩だけれども大切で、灯油ポンプ『サイフォン』の発明と母親との逸話や三井物産時代の話などを小出しに出していくことだった。

三井物産で農薬散布を始めた話を小出しにしたのち、未来を見据えて常に先を行く発想をお持ちのドクター・中松先生に、50年後の未来のシューズを聞いた。すると、開発中の試作品の写真や原理を話してくれた(この話はP102の1段目)。

さらに、飛行機に乗るときにフライングシューズを履いていたため天井に頭をぶつけたことがあるという噂話の真偽を畳みかけると、お前よく知っているなぁと言わんばかりの顔で真相を話してくれた(この話はP102の3段目)。

STEP②具体的な話題をフックに、哲学や文化を引き出す

インタビューには聞き出したいことが事前にあり、時に事前に質問事項を送る場合すらある。それはスムーズかつコンパクトな進行を生むので、合理的であるのだけど、予定調和感も同時に生まれてしまう。

せっかくのドクター・中松である。予定調和なんて面白くない。世間一般の受け止め方はスポーツ紙にありがちなエキセントリックな爺さん扱いだ。それをしないためにもどうしても聞きたかった。それは「人間と道具の正しい距離感〜発明家としての哲学」みたいなこと。

例えば、箱根駅伝でNIKEのヴェイパーフライを履いて自己ベストを叩き出した学生は「シューズのおかげだ」という色眼鏡で見られた。そのことをどう思うのか?という具体的な質問を通じて、ドクター・中松という稀代の発明家の脳内を探ろうとした。

答えは明白だった。
「人間をA、道具をBとした場合、能力=A+B」という分かりやすい例えで説明し、「道具=シューズのおかげだとか言う外野なんて気にするな!」と努力をした人間礼賛(P102の4段目以降)。

シンギュラリティ(技術的特異点)の話題を振ると、「あれはテクノロジーをわかっていない文系の連中のセリフだ!」と一刀両断するではないか。テクノロジーが人間を凌駕するなんてあり得ないと付け加えて(P103の2段目)。

この時点で、先生のギアが一段階上がったのを明らかに感じた。

STEP③難しいのが発言の的確な要約

インタビューにおいて、話好きな人もいれば、寡黙な人もいる。ノリが良いときもあれば、噛み合わないときもあり、話が脱線して要領が掴めない人もいれば、腹の虫の居所が悪いのか不機嫌そうな人もいる。

ドクター中松先生は、どのタイプなのか......、探りながらインタビューを始めるわけだが、話好きでノリが良いが、脱線も多いと想定していた。だけど、限られた時間の中で脱線は困る。核心を聞く前にタイムアップを迎えてしまう懸念も同時に持っていた。

そういう場合、「つまり、〇〇ということですね?」と言いたいことを的確に要約して話を前に進める必要があり、ただ、その要約によってはご機嫌を損ねてしまう可能性もある。

「わかったような口をききやがって」
「そういうことじゃない。浅いな君は」

この類いのセリフが飛び出したら、アウトだ。「もし違っていたら、ご容赦ください」「失礼な言い方かもしれませんが......」「別の言い方をすれば、〇〇と言えますか?」。要約は慎重に言葉を選ぶ必要があった。

幸いに、リサーチ情報の小出し化から始まるSTEPが功を奏したのか、ドクター・中松先生から「君は頭がいいな」「なかなか調べてきている」と言われるほどノリノリになってきていた。

よし、ここだ!と思った私は、「ドクター・中松先生」から「中松先生」に呼び名を変え、しまいには「先生!」と自然と呼んでいくことに成功した。インタビューの後半は「先生っ!」をただ言いたいだけかのように「先生っ!」を連発していた。

自分で設定した「あくまでもリスペクトをきちんと含んだ上でのドクター・中松いぢりを『先生っ!』と呼ぶことで実行する」が完了に至る。

適切な距離感の難しさ

鮮度の高い情報を相手の口から語ってもらうために(こちら側が欲しい情報を手に入れるために)、試行錯誤を繰り返しながら与えられた時間をやり繰りするもので、「信頼関係」と一口に言ってしまえばそうなのだけど、インタビュー対象者との距離感はとても難しい。正直、答えはない。

ただ、ひとつだけ心がけていることは、自分の土俵に引きづり込むのではなく、相手のテリトリーにこちらが入っていくようにすること。壁を作る人は特に難しいのだが、こちらが胸襟を開かないと相手が開くことはないと思って、接するようにしている。

ドクター・中松先生の場合は、話好きでノリが良いのだけど、話の序盤であることに気がついた。めっちゃ頭がいい!ということだ。私が知る91歳のイメージは、言葉を思い出すのに宙を見たり、思考と発言のスピードが噛み合わず口ごもったりといった"老人"だった。

ところが、ドクター・中松先生はスラスラと淀みがない。出てくる単語は新しく今っぽくアップデートされている。質問に対する回答はシンプルであり、論理構成もできていた。

”俺の歴史”を語るだけの無意味な昔自慢をするわけでもなく、つまり、頭の中で整理できていたわけで、頭脳明晰!と呼ぶに言い過ぎではないくらいクリアでクレバーな頭の持ち主だと気がついた。

この人には思い切って懐に飛び込んだ方が面白い話が引き出せそうだ!そう思えたことで、ある意味の遠慮を振り払い、距離感を一気に縮める作戦に出た。どこで持ってくるかは進行しながら悩んでいた母親の話を出した。

結果、「発明家としての顔」や「人間・中松義郎」を、「発明哲学」であったり「私は愛。NIKEはマネー」「マネーは儚い(履かない)」という言葉で引き出すことにつながった(P103の3段目)。

まとめ

奇人か鬼神か。天才発明家なのか、ただ目立ちたがり屋なのか。いづれにしても圧倒的なエンターテイメント性を兼ね備えた異人に間違いない相手を前にしたとき、わずかな時間の中でやれることは限られる。

・呼び名問題をクリアする(→ ゴール設定につながる)
・リサーチ情報の小出し化(→ ゴールに向かうための手段)
・具体的な話題をフックにする(→ 話題に広がりと深みを与える)
・的確な要約(→ 脱線防止)
・適切な距離感(→ 引き出すための策)

撮影の準備から撤収込みで1時間半の濃密な時間を収録した記事は、「Sports Graphic Number Do 2020 vol.37「ランニングを科学する」(2020年3月18日発売)」のほぼ巻末(P100〜P103)に『ドクター・中松 大いに吠える』として掲載してあります。

また、スピンオフした記事がNumberWebにて公開中です。
ドクター・中松の元祖(?)厚底。「スーパーピョンピョン」レビュー。
ドクター・中松の「スーパーピョンピョンシューズ」のインプレションをしつつ、NIKEの「ヴェイパーフライ ネクスト%」を履いて「スーパーピョンピョンシューズ」を装着するという人類初!?の偉業を成した話です。

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