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愛すべきハマギーのこと。

私が進学先として東京都立戸山高校を選んだのは、都内有数の強豪チームとして知られるアメリカンフットボール部に入部するためだった。以前から世話になっていた整形外科医が戸山高校アメリカンフットボール部のチームドクターを務めており、「今どきにしてはめずらしく熱いやつらなんだよ」と話に聞いていたことが理由だった。

先輩たちのなかば強引とも言える勧誘に誘われて、マネージャー希望の私を含めた20名超の新入生が入部した。そのなかにハマギーという男の子がいた。本名は浜岸というので、みんなハマギーと呼んでいた。細身の体で声が高く、見るからに人柄の良さそうな顔立ちだった。

チームメイトとして交流していくうち、彼の人柄が決して「良さそうな」ではなく、「ひたすらに良い」ことがわかってきた。それはもう、彼と話しているだけでこちらの悪辣さが際立ってしまうほどで、いつか詐欺にでも遭ってしまうのではないかと心配になってしまうほどのお人好しだった。

それにしても、なぜハマギーがアメフト部に入部したのか不思議だった。174cm、48kg。“細身”を通り越して、マッチ棒のようなのだ。ムダな肉を一切削ぎ落としたような体型で、とてもコンタクトスポーツであるアメフトに適した体格とは思えなかった。

そして、ハマギーは何より長距離走が得意だった。クラスでも1番、学年でも5本の指に入るほどの実力の持ち主。ところが、数十秒ごとにプレーが止まるアメフトではスタミナはあまり必要とされておらず、とにかく瞬発力とパワーを求められるのだ。「自分が活躍する」という観点から言えば、アメフト部への入部はあきらかに判断ミスであるかのように思われた。

それでも根がマジメなハマギーは、毎日、熱心に練習に取り組んでいた。彼がサボるところなど見たことがなく、愚痴をこぼす姿さえも見せることがなかった。どんな練習にもつねに貪欲に取り組む姿には、同級生だけでなく、先輩たちまでもが感銘を受けるほどだった。

しかし、ハマギーはいかんせん非力だった。アメフトにおいて欠かすことのできないタックル練習では、48kgの細身の体が全力でぶつかっていっても、重さ50kg以上あるダミーはびくともしない。そればかりか、必ずハマギーのほうが跳ね返されて横転してしまっていた。それでもすぐに起き上がり、またチームメイトが列をなす最後尾に並ぶ姿に、グラウンド脇から見守る私もいつも目頭を熱くさせていた。

夏休みの合宿では新入生のポジションが決められた。ハマギーのポジションはコーナーバック。相手オフェンスのワイドレシーバーと対峙して、パスを阻止するのが主な役目だ。何より俊敏性が問われるポジションだったが、ハマギーはお世辞にも俊敏性に優れる選手ではなかった。しかし、他のポジションよりは相手とハードコンタクトする機会が限られるため、消去法的な選択でコーナーバックに配置されたのだった。

「ハマギー、いつも頑張ってるよな」
「俺があの立場だったら、絶対にやめてるよ」
「でもさ、いつか折れちゃいそうだよな。怪我とかしなきゃいいけど」

そうして、チームメイトの予感が当たってしまった。試合形式の練習で、走ってきたオフェンスの選手めがけてタックルを試みたところ、見事に振り払われて横転。その際に地面についた腕が、ポッキリと折れてしまったのだ。

「うわあ……」

ハマギーの甲高いうめき声がグラウンドに響いた。空気が凍りつく。グラウンドに散らばっていたチームメイトが一斉にハマギーに駆け寄る。

「うわあ……」

次に同じ声を上げたのは、駆け寄ったチームメイトのほうだった。折れた骨が、皮膚から飛び出してしまっていたのだ。開放骨折。すぐに救急車が呼ばれ、ハマギーはそのまま入院となった。

「辞めてしまうだろうな」

誰もがそう思った。実力的に今後どう見ても試合に出場できる見込みがない上に、怪我までしてしまったのだ。それも、全治3ヶ月。あくまで課外活動である部活動に参加できないだけでなく、長期にわたって日常生活に支障をきたすレベルの大怪我なのだ。いくはなんでも、怪我が治ってもハマギーが練習に復帰することは考えにくかった。

ところが、新宿の小滝橋通りに面した病院をチームメイトとともに訪れると、彼はいつもの生真面目な表情を少しも崩すことなく、見舞いに訪れた私たちに「迷惑をかけて申し訳ない」と謝るだけでなく、「早く治して練習に復帰しなきゃ」と口にしたのだ。彼の不屈の精神に感服すると同時に、どれだけ要領の悪い男なのだろうとも思った。先にも書いた通り、いまからでも陸上部に転部し、長距離でエントリーすれば、彼の実力ならかなりの活躍が見込めるはずなのだ。

はたして3ヶ月後に、ハマギーは再びグラウンドに戻ってきた。正確に言えば、退院してすぐにギプスで吊られた腕のまますぐにグラウンドには戻ってきて、チームメイトたちに大きな声で声援を送っていたのだが、ギプスが外れて医師からOKサインが出るとすぐ、防具をつけて練習に復帰したのだ。

ハマギーの甲高い声が再びグラウンドに響くようになり、私たちはただチームメイトが数ヶ月ぶりに練習に復帰したという以上の感情を噛み締めていた。それは彼に対する愛情と、つらいリハビリを経てようやく戦列復帰したことへの歓迎と、そしてここまでしてチームに戻ることを選んだ彼の鉄の意志に対する畏怖にも近い感情だった。

だが、世の中は残酷なもので、その後もハマギーが試合に出ることはほとんどなかった。レギュラー選手とは明らかに実力的に開きがあったこともあるが、極限状態のなかで行われる公式戦では、いつまた大怪我につながるプレーが起こりかねない。首脳陣も不安だったのだろうと思う。

そうして私たちは約2年間の活動を終え、3年生の春に引退をした。大学の付属校ではない私たちは受験勉強に励まなければならず、他の強豪校と異なり、秋の大会には1・2年生からなる新チームで臨むこととなっていたのだ。2年次の春季大会では都大会で優勝を飾るなど、それなりに満足のいく戦績を収めることができた私たちだったが、ほとんど試合に出ることができないまま引退することとなったハマギーのことを思うと、手放しでは喜べない側面もあった。

卒業して2年の月日が経ったある年末、私は母校のグラウンドにいた。毎年この時期には「現役チーム vs OBチーム」というグラウンド上での同窓会のような試合が行われることとなっていたのだ。寒風吹き荒ぶグラウンド上でひさしぶりに顔を合わせるチームメイトたちのなかに、相変わらず細身のハマギーもいた。

東北大学へと進学した彼は、なんと大学でもアメフト部に入部したのだという。大学でのポジションはワイドレシーバー。高校時代にコーナーバックとして対峙していた、オフェンスとしてパスを受け取ることを専門とする選手だ。相手ディフェンスのマークを振り切るスピードはもちろん、空中戦を制するジャンプ力と確実なキャッチ力が求められるポジションだ。

OBチームの監督役を務めるゲンさんは日頃からコーチとして私たちの指導をしてくださっていたこともあり、ハマギーの愛すべきキャラクターも、そして決して報われたとは言えない努力を、彼が2年間にわたって重ね続けていたことも知ってくださっていた。

「ハマギー、スタメンな。ワイドレシーバー」

OBチームから、わっと歓声が上がった。その歓声は、大学こそ陸上部で長距離選手として脚光を浴びるような選択をすればいいものの、またおそらくは陽の目を見ることがないであろうアメフト部に入部した愛すべきフットボールバカへのエールだった。

スタメンで起用されたハマギーは、いつもの甲高い声をグラウンドに響かせながら、サイドライン際をとにかくよく走った。もう、この日のOBチームの目的はチームの勝利ではなく、「いかにハマギーにタッチダウンを取らせるか」という一点に絞られていたから、オフェンスの司令塔であるクォーターバックもとにかくパスプレーを多く選択し、そしてハマギーへとパスを送った。

だが、現役チームも負けてはいない。3ヶ月半後には最後の大会を控えており、体格と経験にまさるOBチームとの対戦は、格好のステップアップの機会となる。OBチームの“エモい”ゲームプランなどどこ吹く風でハマギーへのパスを阻止してくる。現役のコーナーバックは背丈はそこまで高くないものの、俊敏性にすぐれる好選手だった。決して足が速いとは言えないハマギーへのパスは、ことごとく防がれてしまっていた。

試合も中盤から終盤に差し掛かろうというところだった。うまくフェイントをかけて相手選手をかわしたハマギーがフリーになる。そこにクォーターバックが絶妙なパスを送る。ハマギーが必死に手を伸ばす。まるでスローモーションを見ているかのようだった。懸命に走るハマギー。ヘルメットで表情は見えないはずなのだが、高校時代、必死で歯を食いしばっていたハマギーの顔が思い浮かぶ。

走る。走る。手を伸ばす。

届いた!!

両手に収めた楕円形のボールを大切そうに抱えたハマギーは、そのままエンドゾーンまで走り抜けた。タッチダウン。ヒーローであるハマギーよりも先に、OBチームのベンチからワッと歓声が湧いた。

「ハマギー!!」
「ハマギー!!」

みんな気がついたら泣いていた。目の前のシーンと、彼が高校時代に流した汗と、大学でもアメフトを選んだ彼の愚直さを重ね合わせたら、とても涙なしにいられる場面ではなかったのだ。

攻守交代となりベンチに戻ってきたハマギーに、チームメイトが駆け寄った。防具の肩のあたりやヘルメットを祝福の意味を込めてポコポコ殴りつける。ひとしきり祝福を浴びたハマギーは、おもむろにヘルメットを外した。ついにタッチダウンを挙げた充実感と、持ち前の謙虚さが入り混じった、何とも言えないはにかんだ表情を見て、また涙が込み上げてきてしまった。

そういえば試合前、大学でもアメフト部を選んだと語るハマギーに、私は目を丸くしながらこう訊ねた。

「ハマギー、なんでまたアメフトを選んだの?」

彼は少しも迷いのない表情で、答えを教えてくれた。

「不完全燃焼だったから」

ハマギーのタッチダウン。スポーツを愛するすべての人に届けたい物語だ。

この記事は、日本財団HEROsが主催するエッセイコンテスト「スポーツのチカラ」のために書きました。みなさんも、ぜひご参加ください!

日本財団HEROs「#スポーツのチカラを感じた瞬間」
https://note.sportsmanship-heros.jp/n/na9d00722b166

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