雨と布施と 劇団タルオルムと『キャンパー』と岡真理『記憶/物語』と

 29日、前々から予約していた劇団タルオルムの公演『キャンパー』を観に、映画『ギャングース』を観に行って以来の布施へ出かけた。いったん新大阪へ出ておおさか東線、河内永和駅。雨が降っていた。商店街を抜けつつ会場の布施PEベースへ。受付を済ませて近くの屋根の下で会場を待っていたが、雨が本降りになりだしてちょっと早めに入場させてもらえた。うしろのほうのパイプ椅子席にも惹かれたが、最前列の座布団に陣取る。観劇は何年か前の劇団地点によるイェリネク原作のやつ以来。劇団地点といえばいつかの映画『ドライブ・マイ・カー』に地点の劇団員の人が出ていて、あの時点で懐かしく感じたので、いったい何年ぶりなのか。それはともかくとして舞台上にはすでにキャンプ用テントがふたつ張られており、鳥のさえずりのBGが流れ、ちょっとした霧の演出もされていたはず。やがて会場の照明が落とされ、開演。
 大阪府郊外のキャンプ場を訪れた主人公女性が花=観客や景色=観客を撮るという、第四の壁を行ったり来たりのちょっとした会場とのやり取りが行なわれ、最前列にしたことでかるく不安になったが、無事であった。第四の壁が破られるのはそこだけで、あとは舞台上で先客の男性とのやり取りがはじまり、そこのキャンプ場には何回も来ているらしい男性に、幽霊話の噂の真相をたしかめようとすると、見ようと思えば見えるし、見ようと思わなければ見えない、とキーワードっぽいことを話す。男性は中学の社会教師だが、やめたくなっているらしい。ここらであきらかに戦時中かそれくらいの身なりをした少年とふたりの少女が舞台上にあらわれ、走りまわったりかくれんぼをしたりしているのだが、キャンプの客はいっこうに気づく様子がなく、観客はその少年と少女が噂の幽霊であると気づかされる。男性は四時になったのでごみを出しに行くと言っていったん退場。
 最初は気づかれていなかったが、やがて女性のほうが、少女のひとりの存在に気づきはじめる。ただしそれは実在の人間として。誰かを必死に探している様子の少女に声をかけ、水を提供したり、管理人に迷子の届け出が出されていないか確認に行ったりする。女性がいなくなったところで回想によって少女の身の上が観客に明かされ、彼女が第二次世界大戦時の大阪空襲で焼け出された在日朝鮮人であることがわかる。少女の兄が徴兵検査に合格し、少女の妹がその知らせに無邪気に燥ぐ。兄が勇ましく出征の喜びを示し、妹が無邪気にバンザイ、バンザイとやっている様子に、私は映画『菊とギロチン』の名場面である、悲壮かつ無残な万歳三唱シーンを思い出していたたまれなくなったりした。そしてかれらの父親役を先のキャンプの先客とおなじ俳優が演じており、意図があるのかないのか、一切説明はなく、想像力を掻き立てられる存在だ。
 ここから先の内容を書くのは控えるが、たまたま読んでいた岩波書店の思考のフロンティアシリーズの岡真理『記憶/物語』が、とある悲惨な〈出来事〉をいかに創作によって他者と分有できるかということを扱っていて、定価1200円のところを3237円払って手に入れた甲斐があったと本気で思えるほどにいいタイミングで出会えて読めた奇跡的な良書(もちろん人による)だったのだが、観ているあいだもずっとそのことを考えていて、『白鴉』33号に載せた「うまれるところ」での4.24阪神教育闘争の扱いかたはあれでよかったのか、どうかという反省も交えつつ、たいへん刺激的な観劇体験だった。アンケートにもこういう本をたまたま読んでいたので勉強になった、とか書いて、知らんがな、と言われるしかない感じなのだが、『一人芝居 チマチョゴリ』のDVDも気になりつつも『大阪空襲と朝鮮人そして強制連行』という冊子を購入して帰ったのであった。『風の声』韓国ツアーのサポートもTシャツ欲しさに検討中。金蒼生『風の声』の舞台化。いい作品だったもんな。そして劇団タルオルムのwebsiteを確認していると『マダン劇 4.24の風』というのがあり、なぜ私は「うまれるところ」を書く前にこれを観ていないのかと。
 ちなみにこの『キャンパー』、5月に京都のウトロ祈念館で野外上演されるらしく、ものすごく意義のあることだなあ、素晴らしいなあと思うとともに、あまりの歴史の重圧に無事に帰れなくなりそうだなと。まあ、大阪でも十分に重いものを持ち帰ることにはなるのだし、在日朝鮮人ではない日本人としては触れれば痛みの伴う作品であるのは当然だし、そうあるべきなのであるが。これで3000円はたいへん安いので観に行くべき舞台ではないだろうか。
 とにかくいい創作物に触れることができてたいへん刺激になってよかったなと思うのだった。


さいきん読み終えた本
宇野邦一『ベケットのほうへ』(五柳書院)
『思考のフロンティアシリーズ────岡真理「記憶/物語」』(岩波書店)

さいきん観た舞台
劇団タルオルム第19回本公演『キャンパー』(布施PEベース)


過去のブログ記事
略歴と作品


投げ銭はかならず創作の糧にさせていただきます。よろしくお願いします。